心霊鑑定士 加賀美零美 1「第52話 過去が思い出せない」
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【あらすじ】
心霊鑑定士の加賀美零美(かがみれみ)は、四柱推命と霊視を駆使して悩める人々の相談に乗っている。恋愛の悩み、仕事や人間関係の悩みなど、人それぞれ様々な悩みを抱えている。
霊感の強い彼女は、死んだ人の姿を視(み)ることができ、会話もすることができるため、時には死んだ人が訪ねてくることもある。
相談者の心に寄り添いたいと願う彼女だったが、零美自身の心も悲しみで溢れていた。果たして彼女は、相談者の心を癒し、自分自身も癒すことが出来るのだろうか。
(これは、前作「心霊鑑定士 加賀美零美のよろずお悩み解決所 1」の各話を改稿したものです)
第52話 過去が思い出せない
低い男の声で「こんにちは」と聞こえた。「誰だろう?」と思い、零美が入り口に駆けつけると、薄汚れた灰色のコートを羽織った中年男性が立っている。予約の客ではなかった。
「えーっと、あのう……。どちら様でしょうか? 占い希望のお客様ですか?」
強面の顔と頑強そうな体。男性の雰囲気に気後れしながらも、とりあえず声をかけた。
「俺は、誰かに追われているみたいなんだ。でも、何故追われているのかわからないんだ。俺の過去を視てくれないだろうか……」
未来を視てとはよく言われるが、過去を視てと頼む客は珍しい。何とも訝しく思ったが、とりあえず「わかりました。どうぞお入りください」と彼を招き入れた。
「コーヒーでもいかがでしょうか?」と尋ねるが、手を横に振って「いや、結構だ」と言った。不思議な事に、店に来た時から嵌めたままの手袋を外そうとしない。帽子やマフラーなどもつけたままである。
「えーっと、お客様のお名前は?」
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名前を聞いても無反応で、壁に掛けた絵をじーっと見ている。
その絵は油彩画で、田園の奥に山が描かれている。遠く離れた出身地の光景に似ているのかも知れない。一見の客だから、もう二度と会う事もないだろう。名前など知らなくても構わない。
「先ほど追われているとおっしゃいましたね。追いかけてくる人はどんな人ですか?」
「そいつは男だ。見たところ、四十代後半だと思う。いつも居るわけじゃないが、気がつくと遠くから俺を見ているんだ。俺は独身だし、浮気調査を依頼する女もいない。だから余計不気味だし、怖いんだよ」
極力目を合わせないようにしている彼は、何かを隠しているのだろう。太い黒縁メガネの奥に見える虚ろな目は、輝きを失って視点が定まらない。心ここに在らずである。
「お仕事は何をされているんですか?」
「俺か? 日雇いの仕事だよ」
「何か人に恨まれるような心当たりはありませんか?」
「そりゃあ、若い頃は血の気が多かったからね。すぐにキレてケンカばかりだったよ。そう考えると、俺にボコボコにされた奴は、みんな恨んでいるに違いねえ」
「口より先に手が出るタイプ、ですかね?」
「そう。カッとなると手がつけられねえかもな。後先考えずに行動しちまうから、後悔する事ばかりだよ」
笑いながら言う男の目が、少し潤んでいるように見える。
「お若い頃に起こした事件がありますよね。それをずっと引きずっていらっしゃるように視えます」
「若い頃の事件だって? いろいろありすぎるから思い出せねえなあ」
「とても幸せそうな、一家団欒の様子が視えます」
「一家団欒って、それは俺が子どもの頃の話かい?」
「いいえ、奥さんと子どもさんたちのように視えますね」
「女房と子ども? 俺、結婚してたのか? 今は独りって事は、別れちまったのか? 思い出せねえなあ……」
零美の目には、目の前の男が妻と子どもたちに囲まれて、幸せそうにしている様子が視えていた。彼は以前に結婚して、家庭を持っていたのではないのか? その事さえ思い出せないとは、記憶喪失だろうか?
「俺にもそんな幸せな時間があったのかい?」
「そうです。とても幸せそうに視えますよ。この頃だけは明るい色ですね。それ以外はダークなイメージのようですが」
「そうだろうよ。それが俺の本当の人生さ。幸せなんて俺には似合わねえ」
吐き捨てるように彼は言った。確かにこの男は、真っ当な人生ではなかったのだろう。しかし零美は、彼が根っからの悪人に思えなかった。妻や子どもたちと過ごしていた頃を視る限り、その時間は間違いなく幸せだった。間違いなく彼も、人を愛する心は持ち合わせていたのだ。
誰でも、思い出したくない過去を持っている。忘れてしまいたい過去、消し去りたい過去があるものだ。それは忘れたままの方が良いのかも知れない。
「すいません。どうして追われているのか、理由はわかりませんでした」
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彼にとっては、嫌な過去を思い出さない方が良いに違いない。
生きるための本能が、忘れさせようとしているのだから……。
「そうか、わからなかったか……。先生、悪かったね……。じゃあ、ありがとう……」
彼はそう言うと、料金を支払って帰っていった。帰る家はあるのだろうか? そう思いながらも、聞く事はせずに見送った。
彼が出て行って数分後に、一人の男性が訪ねてきた。銀縁のメガネの奥に、獲物を追うような鋭い目が光る。もしかしたら、彼を追いかけている人なのか。そう思いながら、零美は恐る恐る声を掛けた。
「あ、あの……」
「どうもすいません。私、こう言う者です」
男性は胸ポケットに手を入れると、黒い手帳を取り出した。警察手帳だ。
「今の男なんですが、手袋を外してテーブルやコップなどを触りませんでしたか?」
「いいえ、ずっと手袋は嵌めたままでしたけど……」
「そう、ですか……。何を話していたんでしょうか?」
「過去が思い出せないから、私に視てほしいと……」
男性は「……そうですか、わかりました。お手数おかけしました」と言い、急いで店を飛び出した。
それからしばらくして、零美の耳にあるニュースが届いた。彼が逮捕されたのだ。彼の名は古賀正志。妻と子ども二人を殺害し、十五年間逃亡していた殺人犯だった。
逮捕の決め手は缶コーヒー。寒さに震えた彼が、暖を取ろうとして素手で触った缶コーヒーに、指紋が付着していたのだ。逮捕された後、彼は事件の真相を思い出したのだろうか? 以前視た一家団欒の光景が思い出された零美の目から、一滴の涙が零れ落ちた。
【出典:https://ncode.syosetu.com/n0235fd/52/】
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