心霊鑑定士 加賀美零美 1「第91話 相方を亡くした漫才師の再生」
「小説家になろう」に投稿している私の小説を皆さんに紹介させていただきます。
【あらすじ】
心霊鑑定士の加賀美零美(かがみれみ)は、四柱推命と霊視を駆使して悩める人々の相談に乗っている。恋愛の悩み、仕事や人間関係の悩みなど、人それぞれ様々な悩みを抱えている。
霊感の強い彼女は、死んだ人の姿を視(み)ることができ、会話もすることができるため、時には死んだ人が訪ねてくることもある。
相談者の心に寄り添いたいと願う彼女だったが、零美自身の心も悲しみで溢れていた。果たして彼女は、相談者の心を癒し、自分自身も癒すことが出来るのだろうか。
(これは、前作「心霊鑑定士 加賀美零美のよろずお悩み解決所 1」の各話を改稿したものです)
第91話 相方を亡くした漫才師の再生
どこかで見た事がある顔の岸田隆治は、平日の夕方遅くにやってきた。丸い顔にメガネをかけて、体全体が大きい。いつもはニコニコとしているはずの彼が、今日はとても沈んで見える。
「昨日電話した岸田です」
「あっ! 岸田さんってあの、よくテレビに出ていらっしゃる、芸人さんの岸田さん?」
「そうです。いつも応援ありがとうございます」
大きな体を小さくして、深々とお辞儀をする。テレビでのキャラクターと違って、内面は誠実で真面目そうだ。テーブル席に案内をして、コーヒーの準備をしながらカウンターから覗くと、緊張が高まっているように見える。
一方で零美は、彼の横で温かく見守る存在を感じていた。ずっと以前から彼の事を知っていて、喜びや悲しみを共に享受してきた間柄のようだが、岸田がその存在に気づいていないのが寂しいようだった。
零美はそんな関係性を目にしながら、とても羨ましく思えた。彼の座るテーブル席に向かって軽くお辞儀をする零美に気づいた彼は、どうしてお辞儀をしたのか理解出来ないまま、とりあえず会釈を返す。
Sponsered Link
p>
淹れたてのコーヒーを持って席に着く零美に、「ありがとうございます」とお辞儀をする。
大柄で暑がりの彼にはアイスコーヒーが良かったかも知れないが、美味しそうに味わう彼を見ているとそんな心配が無用に思えてくる。
「何か気になる事でもあるんですか?」と尋ねると、「僕、芸人辞めようかと思ってるんです」と答えた。彼は数年前から、テレビ番組でも活躍するようになったが、相方を病気で亡くしてからずっと悩んできた。
「彼とは、幼稚園の頃からずっと一緒でした。僕が芸人になれたのも、彼が誘ってくれたからです。彼がいなかったら今の僕はいないんです、だから……」
そう言って下を向くと、彼は唇を噛み締めて両肩を震わせていた。
「辞めたらあかんって」
「えっ、何ですか?」
突然かけられた零美の言葉に、驚いて顔を上げる。
「今のは一体?」
「相方の三田さんですよ」
「えっ、三田が?」
「三田さん、今そこに居ます」
そう言われて岸田は左に顔を向けるが、そこには誰もいない。
「み、三田が本当に、ここに居るんですか?」
「居ますよ、あなたの傍に」
「彼は今、どんな顔をしていますか?」
「そりゃもう、とびっきりの笑顔です」
「本当ですか? それは良かった……」
そう言って彼は、笑いながら泣いている。
細い目をさらに細めて笑う彼の目からは、涙が流れていた。
「岸田さん、どうしたんですか?」
「いや、嬉しくて……。病室で苦しそうな顔しか見ていなかったから、やっと楽になれて良かったと思って……」
零美は三田からのメッセージを受け取り、彼に伝える。
「三田さんが、僕の事を気にしてくれてありがとうっておっしゃっています」
「ああ、そうですか」
「早く元気出して、僕の分まで頑張ってくれって。君が、諦めないでやろうやって言ってくれたから、僕は続けてこれたって」
「えっ、僕が?」
「もう芸人辞めたいって三田さんが言った時、岸田さんが諦めないでもう少し頑張ろうって言ったそうですね」
下を向いて黙ったまま、岸田は何度も頷いた。
「三田さん、岸田さんにすごく感謝しているって」
「そ、それは、僕の方こそ三田に感謝しないといけないくらいで……」
「芸人になる時、自分から誘ったくせに、下積みが辛くてもう辞めたいって言ったら、岸田さんが一生懸命引き留めてくれたって。だから途中で諦めないで、やっと食べて行けるようになった。僕は本当に感謝してるって……」
「……う、うううっ」
Sponsered Link
p>
岸田はテーブルに顔を突っ伏し、声を上げて泣いた。
身長が百八十センチを超え、体重も百キロ近い体を小さくして、抑えきれない感情を爆発させて泣き喚いた。
彼の泣き声は、広いライブ会場でコントを演じる時のように、店内全体に響き渡って建物を揺らした。三十も半ばを過ぎ、四十も近づいてきた分別のある男性が、幼子のように泣きじゃくっている。
しかしそれは、悲しい涙ではない。相方であり、幼馴染みの親友の言葉がもう一度聞けた嬉し涙だった。それはまさに、もう二度と会えない喪失感で、仕事に対する情熱を失いかけていた彼に、惜しみなく注がれた愛の言葉だった。
零美は、彼の飲みかけのコーヒーカップを持ってカウンターに入り、冷めたコーヒーを捨て、新たに熱々のコーヒーを注ぐ。やはり彼はアイスコーヒーより、熱々のホットコーヒーが正解だった。哀しみで冷えた体は、温めた方が良い。
ひとしきり泣いた彼に、そっとコーヒーを勧めてみる。彼は軽く頭を下げると、全て出し切って空っぽになった体に温かいコーヒーを注ぎ込む。時折、左に居るはずの相方を見つめては、コーヒーカップを勧める仕草をする。
「昔はこうやって、一杯のコーヒーを二人で飲み合いました」
「そうそうって、三田さんが笑顔で頷いていますよ」
「そう、彼の口癖はそうそうなんです。本当に懐かしいなあ」
小さくため息をつくと、零美の目を優しく見つめてこう言った。
「先生、あいつにこう言ってくれませんか。僕ももうちょっと頑張ってみるよって。君の分まで頑張るからねって……」
零美は、岸田の言葉をそのまま三田に伝えた。そして「頑張れよって、三田さんが」と彼に言うと、岸田は黙って頷いた。「ありがとうございました」とお金を支払って帰る彼の後ろ姿を見送っていた三田の姿も、いつの間にか視えなくなっていた。
【出典:https://ncode.syosetu.com/n0235fd/91/】
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第1話 別れたくても別れられない女」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第3話 登校拒否の娘を何とかしたい」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第6話 彼女が別れを切り出した理由とは」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第10話 次期院長の嫁取り問題」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第11話 憑りつく霊たちの事情」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第13話 老後のための熟年婚活」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第14話 次期社長の嫁取り問題」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第15話 父母代わりの人に愛されるということ」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第16話 息子に降りかかった災難」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第19話 告白されてわかったこと」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第21話 占いは自分を好きになるためのもの」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第22話 人はイメージで変わる」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第28話 彼女が本当にやりたい事」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第29話 帰ってきてくれるだけで良い」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第31話 プロポーズしてくれない理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第32話 訪ねてきた懐かしい同級生」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第33話 彼女が運が悪いと思う理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第35話 三つ目のコーヒーカップ」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第37話 息苦しくて生きづらい」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第38話 夫に帰ってきてほしい」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第43話 もしかして運命の人かも」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第46話 信じる自由と信じない自由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第49話 産みの親に会うという事」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第54話 息子に店を継がせたい」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第56話 交通事故で助かった理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第57話 鏡が嫌いになった理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第58話 彼が死ななかった理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第59話 男女が付き合うという事」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第61話 彼女がコミュ障になった理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第62話 鑑定は相談者を産みかえる作業」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第65話 人気女優と俳優の恋愛」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第66話 会社を辞めて彼がしたい事」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第68話 お母さんに会いに来た」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第75話 いつも来る常連の彼女」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第77話 いつ死ぬのか知りたい」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第78話 彼女を覚えていない理由」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第79話 あの人の生まれ変わり」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第80話 彼女が気になる三人の男」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第82話 報われなくても構わない」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第83話 人は誰でも何かしらの才能を持っている」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第86話 悩みはママ友との付き合い」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第87話 きつい姑に耐えられない」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第89話 彼はまるで太陽のよう」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第99話 お母さんに似るのが怖い」
心霊鑑定士 加賀美零美 1「第100話 心配性で生きづらい」
『雨の中の女 神野 守 短編集 第1巻』amazonで販売中!
https://www.amazon.co.jp/dp/B07FYRKPL2/
Sponsered Link
p>