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「失敗を恐れる脳」になった日本人は挑戦しなくなった

投稿日:2018年5月30日 更新日:

脳科学者の中野信子先生が「褒めて育てるは正しいのか」について語っています。

日本人はなぜ「挑戦」しなくなったか~失敗を恐れる脳はこう作られる

日本人の脳にせまる③ 2018.05.25

中野 信子 脳科学者

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「褒めて育てる」は正しいのか

日本人について、慎重で思慮深く、真面目で、無謀な挑戦をしない、という類型が語られることがあります。
私もそのように語ってきたという自覚があります。
ただ、こうした性質は生まれつきのものであると同時に、ある程度は後天的に影響を与える要素があることが知られてもいます。

たとえば、子育てについて書かれた本などには、「褒めて育てる」「子どもに自信をつけさせるにはとにかく褒める」「それがその子どもの成功を約束する」というような内容が必ずと言っていいほど載っているでしょう。
もしかしたら、すこし年齢が上の世代になると「厳しく躾けることが重要」という考え方をもとに教育された方もいらっしゃるかもしれませんが、最近の教育の基本方針は、そうした厳しい教育とはまったく逆の方向を行っているようです。

近年刊行されたものを見渡せば、数点、逆張りのような論調のものが見られるほかは、ほとんどが褒めることをベースにした主張の書籍でしょう。
特にここ数年はテレビでもインターネットでも、子どもにネガティブなことを言ってはいけない、何も言わないことで無意識的にネガティブなメッセージを送るのもいけない、叱ったり無視したりせずにポジティブなメッセージを送ろう、子どもを叱ることよりも褒めることのほうがずっと大事だ……、という主旨のコメントがあたかもポリティカリーコレクトであるような扱いをされます。

褒め続けた結果…

年々「子どもには罰よりも報酬を与えることが基本かつ重要」という考え方が正しいとみなされる空気が醸成されてきていると感じる人がほとんどだろうと思います。
例えば、子どもがテストで良い点を取って帰ってきたら「本当に頭がいいね」と褒める、絵画で賞を取ったら「芸術の才能があるね」と褒める、スポーツで結果を出したら「運動能力が抜群ね」と褒める……。

このやり方は、一見正しいように見えます。
たしかに、いつも「いい子だね」と伝えて育てることで、自信に満ちあふれた幸せな子どもに育ちそうな気がするでしょう。
実際、そういう教育を実践している人も多いでしょうし、意識的にそうしようと考えてはいなくとも、なんとなくそういう方向が正しいと感じて無意識的にそうしてしまっている、という人は少なくないだろうと思います。

でも、このやり方に「一度も違和感を持ったことがない」という方は、意外と少数派なのではないでしょうか?
たまにはお小言を言ったほうがいいんじゃないの……?
本当にいつも手放しで褒めてばかりでいいの……?
あとになって「本当は褒めるだけの教育はダメでした」っていうことがわかったらどうしたらいいの……?

実はすでに1990年代の終わりに、次のような実験が行われています。
コロンビア大学のミューラーとデュエックによる研究です。

人種や社会経済的地位(Socio-EconomicStatus:SES)の異なる、10歳から12歳までの子どもたち約400人に、知能テストを受けてもらいます。
テストの内容は、並べられたいくつかの図形を見て、その続きにはどんな図形がくるのかを答えるというもの。

おそらくみなさんの多くが子どものころに学校で受けたことがあるテストと近いものです。
完全に同じものではありませんが、このような感じのテストです。
(「?」に当てはまる図形を1から6までの中から選びなさい)

 

 

 

 

 

 

すぐわかってしまったと思いますが、答えは2です。
テストのあと、実験者たちは解答を集め、採点を行います。

が、子どもたちには実際の成績は秘匿しておきます。
その代わり個別に「あなたの成績は100点満点中80点だ」と全員に伝えるのです。

ちなみに、いつも優秀な成績を取っている子どもの中には「80点で優秀」とはなかなか感じにくい子どももいると思います。
そういった例外的な子どもについての記事もいずれ書きたいとは思いますが、まずは平均的な子どもについての分析をご紹介していきます。

テストを受けた子どもたちは、3つのグループに分けられます。
そして、成績以外に子どもたちに伝えるコメントを、次のように変えていきます。

グループ1:「本当に頭がいいんだね」と褒める
グループ2:「努力の甲斐があったね」と褒める
グループ3:何のコメントもしない

子どもを褒めることが本当に子どもの自信を育て、自己肯定感を高めるのなら、子どもは褒められれば褒められるほど、より難しい課題に挑戦したり、より困難な状況を好んで選んだりしそうなものです。
実験では、子どもたちに知能テストの成績とコメントを伝えたあと、さらに課題を与えます。
この場面では、ふたつの課題のうちからひとつを選んでもらいます。

ひとつは難しく、平均的な子どもたちには問題が解けないかもしれないという水準の難易度です。
しかし、やりがいがあり、正解に至らなかったとしても何かしらを学び取ることができるような課題です。

もうひとつはずっとやさしいもので、さくさくと解けてしまいます。
ただ、そこから学べるものはあまりない、という課題です。
3つのグループに分けられた子どもたちは、ふたつの課題のうち、一体どちらを選んだでしょうか?

褒め過ぎはよくないのかも

難しい課題を選ばなかった子どもたちの割合を表にして比べてみます。

 

 

 

いかがでしょうか。
「頭がいいんだね」と褒められたグループ1の子どもたちは、何も言われなかったグループ3の子どもたちよりも、難しい課題を回避した子の割合が高くなりました。
褒めることが自尊心を高めると信じてきた人々にとっては、衝撃的な結果であると思います。

「頭がいいね」と褒めたことによって過半数の65%がやさしいほうの課題を選び、難しい課題を避けたのです。
「頭がいいね」と褒めることが、子どもたちから難しい課題をやろうとする気力を奪い、より良い成績を大人たちに確実に見せられる、やさしい課題を選択させるという圧力として働いていたと考えることができます。

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このあと、子どもたちにはもうひとつ課題が与えられました。
今回の課題は非常に難しく、大半の子どもができないように作られています。
子どもたちにこの非常に難しい課題の感想を聞き、家に持ち帰ってやる気があるかどうかを実験者たちは尋ねました。

ここでも、グループ間には大きな違いが現れました。
「頭がいいね」と褒められたグループでは、他のグループよりも課題が楽しくないと答える子が多く、家で続きをやろうとする子の割合も少なかったのです。

しかも、さらに衝撃的なことに、この難しい課題での自分の成績をみんなの前で発表させたところ、「頭がいい」と褒められたグループ1の子どもの約40%が、本当の自分の成績より良い点数をみんなの前で報告したのです。
つまり、グループ1の4割の子が自分をよく見せようとしてウソをついたということです。

ちなみに、何も言われなかったグループ3では、ウソをついた子の割合は約10%でした。
さてこの一連の実験の最後として、1回目と同程度の課題が子どもたちに与えられました。

1回目の知能テストでは、どのグループも実際の成績にはほとんど差がなかったのですが、最後に行われたこのテストでは、成績に大きな差がついてしまいました。
「頭がいいね」と褒められたグループ1の子どもたちのほうが、何も言われなかったグループ3の子どもたちより、はるかに成績が悪かったのです。

これは一体どういうことなのでしょうか。
実験者のミューラーとデュエックは、グループ1の操作を行った子どもたちについて以下のような見解を示しています。

・「頭がいい」と褒められた子どもは、自分は頑張らなくてもよくできるはずだと思うようになり、必要な努力をしようとしなくなる
・「本当の自分は『頭がいい』わけではないが、周囲には『頭がいい』と思わせなければならない」と思い込む
・「頭がいい」という評価から得られるメリットを維持するため、ウソをつくことに抵抗がなくなる

この研究のことを思うとき、ふと「頭がいい」という褒め言葉に直接的にも間接的にもさらされ続ける環境で教育を受けてきた「優秀」な子どもたちは、日本でいま、どのようなポジションについているのだろうかと考え込んでしまいます。
捏造、改竄、“記録の紛失”、“記憶違い”が頻発するように見える昨今ですが、これらはしばしば安直に指摘されるような、劣化、などという現象ではないのかもしれません。
例えばもしかしたら、捏造をしたとして多くの人の口の端に上った科学者も、ただ周囲から、「すごいね」「頭がいいね」と褒められ続け、そんなふうに育ってしまっただけなのかもしれないのです。

やっぱり注意が必要

実験者はグループ1の子どもたちについて、さらに次のような見方を示しています。

・「頭がいい」と褒められた子どもは、実際に悪い成績を取ると、無力感にとらわれやすくなる
・難しい問題に取り組む際、歯が立たないと「頭がいい」という外部からの評価と矛盾する。このとき、やる気をなくしやすい
・「頭がいい」という評価を失いたくないために、確実に成功できるタスクばかりを選択し、失敗を恐れる気持ちが強くなる

たしかに褒める教育で育てられたはずの若い世代は、もっと自信をもって積極的に困難に挑戦する人が出てきてもよさそうなものなのに、かえって慎重になり、上のどの世代よりも保守的になっているように見えることすらあります。
海外に出ることを好まず、リスクが高いので恋人もつくらない、経済的な不確実性を抱えることになるので結婚にも消極的である、といった傾向が強まっていることを指摘する声もしばしば耳にします。

一方で、「努力の成果だね」と褒められたグループ2の子どもたちでは、ふたつの課題を選択させる場面でやさしい課題を選択した子の割合が10%でした。
またそれに続く課題でも難しい問題を面白がり、家に持ち帰ってやりたがり、最後の課題では、どのグループの子たちよりも多くの問題を解いたのです。

褒め方には注意が必要で、その子の元々の性質ではなく、その努力や時間の使い方、工夫に着目して評価することが、挑戦することを厭わない心を育て、望ましい結果を引き出す、と研究チームは結論づけています。
ただし、元々の能力があまりに高くて、平均的な子にとっては難しい問題でも、努力をする必要もなく解けてしまう子もわずかながら存在します。

「いつも優秀な成績を取っているために、この実験で言えば80点で『頭がいいね』と褒められても、『80点で優秀』とはなかなか感じにくい」という子どもたちのことです。
こういった例外的な子を、どう伸ばし、どう育てたらよいのか。安易に褒めて、ウソをつき続けるような人生を送らせてしまうのではなく、どうしたら高い能力を生かすことができるのか。
引き続き論じていきたいと思います。

[出典:日本人はなぜ「挑戦」しなくなったか~失敗を恐れる脳はこう作られる(中野 信子)現代ビジネス(講談社 > http://gendai.ismedia.jp/articles/-/55756 ]

こういう子育て論というのは、何とも正解がどれなのか判断がつかないところがあるのですが。
でも、一つの参考にはさせていただきたいと思います。

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