暇つぶし読み物サイト(Another News Station)

暇つぶし 怖い話 ショートショートストーリー 都市伝説 神野守自作短編小説 バラエティー

人物

やっぱり「松田聖子」は強運を持っていた!

投稿日:

”永遠のアイドル”松田聖子さんが1980年4月に「裸足の季節」でレコードデビューしてから、今年で40年。
数々の伝説を打ち立てた聖子さんの凄さは誰もが知るところですが、デビューの際の裏話を知って「やっぱり凄い!」と思いました。

平尾昌晃氏、岩崎良美らが見た「松田聖子、誕生の瞬間」

4/14(火) 16:05配信

 この4月でデビュー40周年を迎えた松田聖子(58)は、いかに“成功への扉”を開いていったのか──。今春、『1980年の松田聖子』(徳間書店)を上梓した芸能ノンフィクションライター・石田伸也氏が、“松田聖子誕生”の瞬間を振り返る。

 * * *

 1980年4月1日、松田聖子のデビュー曲『裸足の季節』は、日本のアイドル史を変える革命となった。以来、今なおトップに君臨し、昨年の大みそかも『NHK紅白歌合戦』でヒットメドレーを披露している。

 作曲家の故・平尾昌晃は、聖子がまだ本名の「蒲池法子」だった1978年に出会った。主宰する音楽学院の福岡校に、聖子は久留米からレッスンを受けに来ていた。

「トロフィーを持って帰ったら、生まれて初めて父に引っぱたかれたんですよ」

 それが初対面の聖子の言葉だった。1978年に開催された「ミス・セブンティーンコンテスト」で、聖子は九州大会のグランプリに輝く。次は全国大会となるはずが、厳格な父に反対されて断念する。それでも、聖子の信念は揺るがなかったと平尾は記憶する。

「先生、私は歌手になって必ず成功するから!」

 歌手になることを「夢見る」子は多いが、その先に自分の成功を「イメージ」できている子は珍しいと平尾は感心していた。

 まだ正式なデビューは決まらなかったものの、聖子は父親を説得して高3の夏に上京。サンミュージックプロダクションに籍を置くが、同社とCBS・ソニー(当時)は、大型新人として中山圭子(現・圭以子)を売り出す予定でいた。中山を獲得するにあたり、サンミュージックはこんな覚書を親と交わした。

「向こう1年間は(他の)新人をデビューさせない」

 こうした大人たちの思惑をよそに、聖子と圭子は仲の良い日々を過ごした。

Sponsered Link

「初めて会ったのは私が中3、聖子さんが高3の時です。同じサンミュージックに所属して、同じ指導者のもとでダンスレッスンを受けていました」

 レッスンの終わりには圭子がピアノを弾き、それに合わせて聖子が歌うことも多かった。完成した圭子のデビュー曲に「いい曲ね、涙が出ちゃった」と聖子は素直に祝福したという。圭子のデビュー曲は輸入シャンプーのCMソングとして世に大々的に流れるはずだったが、日本では禁止成分が入っていたため発売そのものが中止に。

 そしてサンミュージックでもソニーでも急速に評価が高まっていた聖子が4月にデビューすることとなる。あれほど破格の扱いだった圭子に、サンミュージックは冷たい宣告をした。

「キミへの宣伝費は聖子に回すから」

 結局、圭子は1年半で一度引退するが、それでも、同世代の一番星としての聖子を見守り続けた。

 聖子がデビューした1980年は、田原俊彦、河合奈保子、岩崎良美、そして松村和子も並んだことで「黄金の80年組」と呼ばれた。特に聖子と良美は同い年、同じ堀越学園で机を並べ、親友の間柄であった。

「アイドル誌の撮影で私たちにショートケーキが出されたんです。ところが法子(聖子の本名)は半分も食べない。その理由を聞くと『良美ね、これ全部食べたら後悔すると思うの』って」

 その言葉に良美は徹底したプロ意識を感じた。この年の新人は仲が良く、誰が最優秀新人賞に輝いても全員が祝福したという。良美は、その後の聖子を「ずっと皆をドキドキさせる“松田聖子”というブランド」と評する。

 聖子と誕生日が13日違いの松村和子は、楽屋ではイメージと違ってキャピキャピしたところがなく、自分を客観視できる女性という印象を持った。

「私は聖子ちゃんに1年遅れて1981年に紅白に初出場。そこの楽屋ではお互いファンの立場に戻り、私が『やっぱりカッコいいな、ゴロー(野口五郎)は』と言うと、聖子ちゃんが『うちのヒロミ(郷ひろみ)のほうがカッコいいわよ』って、無邪気に盛り上がっていましたね」

 いかにも聖子らしかった。

【プロフィール】いしだ・しんや/1961年、熊本県生まれ。「週刊アサヒ芸能」を中心に芸能ノンフィクションを執筆。主な著書に『ちあきなおみに会いたい。』(徳間文庫)、『甲斐バンド40周年 嵐の季節』(ぴあ)などがあり、最新刊『1980年の松田聖子』(徳間書店)が発売中。

※週刊ポスト2020年4月24日号

[出典:平尾昌晃氏、岩崎良美らが見た「松田聖子、誕生の瞬間」(NEWSポストセブン)(Yahoo!ニュース > https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200414-00000021-pseven-ent ]

中山圭子さんの親と約束した「向こう1年間は(他の)新人をデビューさせない」って話を聞けば、「しばらくデビューできないなんて可哀想だな」なんて思ってしまいましたが、輸入シャンプーが発売禁止になってしまうなんて……。
そのお陰で松田聖子さんのデビューとなるわけですが、スタートからしてすごい強運を持っているなあと思いました。
でも、一方の中山圭子さんは一年半で引退だなんて、切ない話ですよね。

Sponsered Link

[ad#adsense-1]
[ad#adsense-1]

-人物
-

執筆者:

関連記事

中村俊輔が語る「中田英寿と本田圭佑」

日本のファンタジスタ・中村俊輔選手が、先輩・中田英寿と後輩・本田圭佑について語っています。 中田英寿と本田圭佑。2人は中村俊輔にとって、どんな存在だったのか 6/15(金) 11:32配信 Spons …

被災地復興まで断酒、貯金ゼロのスーパーボランティア尾畠春夫さん

スーパーボランティアの尾畠春夫さんの「壮絶なる我が人生」に続く後編です。 酒も飲まず、貯金もゼロ…スーパーボランティア尾畠春夫さんの生き様 スーパーボランティア・尾畠春夫さんが語った「壮絶なる我が人生 …

漫画「大家さんと僕」が大ヒットの芸人・カラテカ矢部インタビュー

漫画「大家さんと僕」が大ヒットしている、お笑いコンビ「カラテカ」矢部太郎さんのインタビューです。 「まだこの世界には希望が持てる」――芸人・カラテカ矢部、自分の漫画が売れて思うこと 2/7(水) 10 …

「児嶋だよ!」で居場所を見つけたアンジャッシュ児嶋

アンジャッシュ・児嶋一哉さんのインタビュー第三弾です。 結成25年アンジャッシュ 本人が語る「児嶋だよ!」で見つけた“居場所” “テレビっ子”児嶋一哉インタビュー #3 『ボキャブラ天国』に始まる90 …

毎年断っている「年末恒例のビンタ」(蝶野正洋インタビュー)

「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」のビンタは毎年断っているという、蝶野正洋さんのインタビューです。 蝶野正洋、年末恒例のビンタは「毎年『やりません』って断っている」 7/18(水) 16:00 …