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再チャレンジのための塾「キズキ共育塾」人気の秘密

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発達障害でうつでひきこもりだった安田さんが、どうやって「キズキ共育塾」を起業したのか、本人のインタビューです。

「うちの子の人生も変わる…?」奇跡の学び直し塾、人気の秘密

底辺から道を拓いた僕だからできたこと 2018.08.02
安田 祐輔, 山崎 大祐

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発達障害、うつ、ひきこもり。
自らの困難に満ちた人生経験を活かし、再チャレンジのための塾「キズキ共育塾」を起業した安田祐輔さん(キズキグループ代表)。
先日初の著書『暗闇でも走る 発達障害・うつ・ひきこもりだった僕が不登校・中退者の進学塾をつくった理由』を上梓した安田さんが、バングラデシュなど途上国発の人気ファッションブランド・マザーハウス主宰のイベント「マザーハウスカレッジ」に登場しました。
学生時代から安田さんを知る山崎大祐さん(マザーハウス副社長)が、道を切り拓くヒントをひも解きます。

僕の人生は、子ども時代から高校まで、ほとんど底辺

山崎 安田さんの人生曲線ですが、まるでジェットコースターですね(写真グラフ)。

安田 僕の人生は、子ども時代から高校までほとんど底辺って感じでした。
   両親も仲が悪くて家に居場所がなく、発達障害、特にアスペルガーがある関係で学校にも居場所がなかった。

山崎 ずっと我慢してたんですか?

安田 はい。
   そして、寮がある中学校を見つけて12歳で家を出ました。
   でも、中学でも発達障害傾向が原因でいじめられて。

山崎 中退したんですよね。

安田 中2の終わりで中退して寮を出て祖父母に預けられました。
   祖父母とも合わず、再婚した父たちと暮らしたら継母にもいじめられ、家に帰れなくなった。
   「なんで自分だけがこんな目にあうのかな?」とずっと考えていました。
   「なんでこんなに人生キツイんだろう」って、ずっと悩んで。

ヤンキーのパシリから、国連を目指す受験生に転身

山崎 人生曲線を見ると、「大学入学」というのがあります。
   この高校時代のヤンキー写真からは想像できないけど。

安田 高校はほとんど出席しなくても、追試や補修を受ければ卒業できるような学校。
   しかも、僕は地元の暴走族のパシリのような存在でした。

山崎 なぜ、そんな状況で、大学入学に至ったの?

安田 進学する人もあまりいない普通の全日制で、それでも進路は決めなきゃいけない。
   でも、当時生活費のためにしていたバイトも、すべて3ヵ月ぐらいでクビ、または居づらくなってやめてたんです。
   (働くのが難しいので)「就職を先延ばしにする」というのが、進学を考えた一つ目の理由。
   それに加えて、ここで努力をすれば自分の人生変わるかもしれないし、努力しないと今のどん底の人生がこの先も続いちゃう──なんとか変えないといけない、と思い始めたのが二つ目の理由です。

山崎 大学はICU(国際基督教大学)ですよね? 
   「とりあえず、どこかの大学に行けばいいや」というのではなかったんですね。

安田 勉強の仕方が分からなかったので、ニュース=真面目という短絡的な理由でテレビのニュースを見るところから始めたんです(笑)。
   そこで、アフガニスタン空爆・イラク戦争の報道で子どもたちが泣き叫んだり、傷ついたりしている姿を見て。
   世界にはこんな不条理なことがあるのかと思い、勝手にシンパシーを覚えました。
   これを解決できる人間になるためには、大学に行かなければ、と。
   国連へ入るなら東大かICUがいいと知り、その二つを目標にしました。

山崎 受験勉強はどうしたんですか?

安田 当時、小学生レベルの基礎学力しかありませんでした。
   偏差値30くらい。
   はじめに行った予備校では、「君みたいのがいると風紀が乱れる」って言われて、入塾拒否されました。
   バカだと思われるのが怖くて、「勉強のやり方が分からないから、教えてください」とも言えなかった。
   その後、1日13時間、2年間ほとんど誰ともしゃべらず、眠いときは椅子に足をしばりつけたりして勉強しました。
   とても効率が悪かったとは思いますが、「量で勝負すればなんとかなる」と二浪してICUに合格しました。
   その経験が今につながっています。

大学卒業後、一流商社への就職したものの……

山崎 大学に入ってからはハッピーだったんですか?

安田 めちゃくちゃ楽しかった。
   それまであまり人に優しくされたことがなかったから、大学の入学式は「もうこれ以上、周りになめられちゃいけない」と思ってサングラスかけて行ったんですけど(笑)。
   ICUのクラスメイトが優しくていい人ばかりで、大学は居心地がよかった。
   思いっきり勉強もできたし、成長していくのがすごく楽しかった。

山崎 大学に入っても、勉強し続けたんですね。

安田 そうですね、勉強はやればやっただけ、成果が出る。
   自分の成長を最も感じやすい。
   努力したら、何があってもいつでも「ここ」に戻ってくることができるっていう、純粋な喜びがありました。

山崎 卒業後は?

安田 大学時代ってすごく人生に迷う時期だと思うんですけど、当時僕は(仕事をするための)ミッションが見つからなかったんです。
   でも、それが見つからないってことは、どの仕事しても本気になれない気がして……
   その一方で僕は結構発想が短絡的なところがあるので、時給換算して一番高い企業に入ろうと(笑)。

山崎 いきなり振れますね(笑)。
   (入ったのは)結構大きい総合商社ですよね。

安田 一番苦痛だったのがランチタイム。
   12時になると社員が一斉に出るからエレベーターになかなか乗れないし、帰りも早めに切り上げないとエレベーターに乗れない。
   「俺は一体何やってんだろう」って疑問に思ってしまって、心がどんどん沈んでいきました。

山崎 学生時代が自由だから、ギャップを感じるよね。

安田 さらに配属先が中東とアフリカの油田の投資をする部署で。
   「油田を巡る紛争に企業がコミットするのは正しいことなのか?」と悩んで、ある日、上司に質問してみると、「俺、そんなことを考えたことなかった」と言われて……
   とてもいい方だったんですけども、(その感覚に)すごくギャップを感じてしまって。
   ある日、冷や汗が止まらなくなって頭が真っ白になって、本格的にうつになり休職。
   1年間もひきこもり生活が続きました。

働かないと食べられないなら、起業するしかない

山崎 何がきっかけで、その生活から抜けだせたんですか?

安田 僕の場合、親と疎遠なので、働かないと生活が成り立たない。
   就活をしても「前の会社を4ヵ月で休職」って履歴書に書いたら、どこも弾かれた。
   ひきこもりから1年くらい経ったころ、「自分で起業するしかないのかな」と思い始めたんです。

山崎 起業しようって思っても、社会人生活4ヵ月しかやってないじゃないですか。

安田 本にも書きましたが、僕なりの思考法で自己分析をしたんです。
   その中で思い出したのは、「大学へ行こう」と決めたときの辛さ。
   あの時代に適切なサポートがあったら、自分はもっと楽だったなぁって思った。
   だから、これをビジネスにしたらニーズがあるんじゃないかなと。
   そこで、ビジネスコンテストで稼いだ資金で、駅から徒歩20分・築50年・家賃3万円のマンションを借り、塾を始めました。

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1回でも来てくれたら、支援の半分は終わったも同然

山崎 どうやって生徒を集めたの?

安田 そういう(ひきこもっている)子はウェブをよく見ているから、ウェブサイトを見たときに「ここだったら通いたい」と思ってもらえる工夫をしています。
   ウェブマーケティングを勉強して、「ひきこもり」「不登校」「中退」などのキーワードの検索順位を上げて行って……少しずつ生徒が増えました。
   1回でも家を出てキズキへ来てくれたら、支援の半分は終わったようなもの。
   家を出たことが半分くらいの前進で、残り半分は現場で支援していく。
   だから、ウェブには力を入れました。

山崎 ひきこもっている状態から、塾へ通いだした子は、最初はどんな様子ですか?

安田 初めは宿題をやってこなかったり、時間通りに来なかったり……
   でも、それは当たり前。
   最初は来てくれるだけでいい。
   一進一退を繰り返しながら、だんだん勉強するようになって成長を実感すると、(塾が)居場所になる。
   そして、最終的に大学に入れると、新たな居場所ができる……
   やがて講師として戻ってきてくれた卒塾生もいます。

挫折経験のある子を再び挫折させるわけにはいかない

山崎 普通なら、学校にも行ってない子を、どうやって高認試験を受けるところから大学受験まで導いて、大学まで通えるようにするのか──本当に奇跡に近いのに、どうやってビジネスにしていったのですか?

安田 無限に時間とお金があったら支援は難しい話ではないけれど、ビジネスだから人件費もかかるし、少ないリソースの投入で最大限の効果を上げなければならない。
   一方で、キズキに来るのは学校や大手の塾で挫折してひきこもった子が多いので、ここで挫折してしまうと、その経験が立ち直れない傷になる可能性がある。
   だから、「退塾率」と「退塾理由」を見ています。
   例えば、キズキを辞めて「東大受験予備校に行きたい方」であれば退塾してもオッケーですが、「再びひきこもる」という退塾を作り出してはいけない。
   それを、冷静に数字で見ています。
   数字を分析して、改善する余地があれば改善していく。
   それとともに、完全個別制のため、塾生と講師のシフトをはじめ、うまくオペレーションを効率化していくなどして、気を使っています。

山崎 講師の人たちの価値観は、どうやって合わせているんですか?

安田 熱い思いもありながら、(冷静に)よい支援をしていくためにどうすればいいかを考えてくださっている方を採用できるように、面接でかなり細かく徹底的に聞いています。
   大学生、社会人、主婦、定年退職した元大学教授の方など、本当にバラエティーに富んでいます。
   採用基準には入っていないんですが、結果的に講師の半分くらいが、うつやひきこもり、不登校、中退経験者です。
   いろんな生き方をしてきている人たちだからこそ、当事者に勇気を与えている側面もありますが、ひきこもりな等を経験していない講師も半分います。

不登校や中退の若者に必要なサービスが足りていない

山崎 ストレートに聞いちゃうんだけど、生徒さんの塾代の未払いの問題は? 代金回収はとても大事だと思うけれど、結構ドライにやらざるを得ないですよね?

安田 基本的には前払い制なのでお金が止まったら授業できないんです。
   ですが、「本当はお金のない家庭の子も支援したいのに、できない」というもどかしさもあったので、塾代を払えない子のために寄付制度を始めました。
   キズキ(グループ)が塾代の寄付を募り生徒に補助するんです。

山崎 それは本来なら、行政側がやらなければいけないことですね。

安田 今の社会は不登校や中退の若者に必要なサービスが足りていない。
   そんな人たちのためのサービス(事業)があったら、今苦しんでいる人たちを助けられるのに──
   キズキは、そういった「この世界に必要だけれども、まだ社会に存在していない事業を作る」ことを大事にしています。

山崎 現在、キズキグループは、株式会社とNPOに分かれていますが。

安田 起業当初、塾代が払えなくて助けられなかった子が何人かいて、いまだに後ろめたいんです。
   だから、それに対する寄付の仕組みを作りたいと思ったんです。
   不登校・中退(の人たち)ってお金を持っている人も、持っていない人もいるので、お金を持っている方にはしっかりビジネスとしてサポートする。
   そこは株式会社でやっていく。
   一方、お金を持っていない方にはNPOで寄付をしたり、行政の政策を変えて行くようなアプローチをしていく。
   「塾代が払える世帯にはサービスするけど、払えない世帯にはサービスしない」ってことはキズキが掲げたミッションと違う。
   やっちゃいけないことだと思っています。

その苦しみはいつか今の自分を生かしてくれる

山崎 そしてまさに軌道に乗ると。組織が大きくなるとさまざまなこともあったと思うけれど。

安田 起業当初は会社を軌道に乗せる努力をしながら守ることに必死で、僕自身、楽しめませんでした。
   そして、スタッフが増えてくると、みんなキズキの価値観に共感して入社してくるんで、そこのぶつかり合いみたいなこともあって、派閥ができたり──
   生徒たちが大学に受かって、いきいきと大学に通ってくれることは楽しいけれど、ホントは何がやりたかったんだっけなぁって……。

山崎 ソーシャルビジネス(ビジネスの手法を使って社会問題を解決しようとする事業のこと)というのは、特にそういうのが起こりやすいですよね。価値観の違いとか考え方の違いとか露呈してくる。でもここ数年で、業績がぐっと伸びてきてますよね?

安田 会社としては順調といえば順調です。 
   僕のメンタル的にも、ここ半年くらいはすごく軌道に乗っていて。
   書籍の出版についても執筆に3年かかりましたが、当事者やその親御さんなどからメッセージをいただけてうれしかった。

山崎 単なる経営者の成功体験本ではないですよね。

安田 「俺も成功したからお前も頑張れ」みたいな話にはしたくなかった。
   頑張れないことが苦しいので。
   苦しいことばかりだったけれど、その苦しみはいつか物語になって今の自分を生かしてくれる、と伝えたかった。

山崎 それは僕もすごく納得感があって。この本を読んで、ある種の爽快感みたいなのがありまた。ところで、34歳の今、改めて自分の人生曲線を振り返るとどうですか?

安田 ここまで上下があると、また下がったとしても上がるんだろうなぁと思えるから楽です。
   今、本当にとても楽しいけれど、5年後どうなるか分からない。
   でも、その時もまた一生懸命やれば上がるというのが分かるから、不安はありません。

山崎 社会的成功だけでいいなら、起業じゃなく、また大企業に再就職なりして、方向転換があっただろうし、そういうことではないんでしょうね。

安田 はい。自分の中では誰とも比較していなくて「自分の理想像」みたいなものがあります。 
   この事業をやって、こういう社会問題を解決するとか、それに向かってずっと頑張るだけだなと思っています。

山崎大祐(やまざき・だいすけ)
マザーハウス副社長。
1980年東京生まれ。
慶應義塾大学卒業後、ゴールドマン・サックス証券を経て、株式会社マザーハウスの経営への参画、取締役副社長に就任。
途上国にある素材や人材の可能性に光を当てたモノ作りを行う株式会社マザーハウスの副社長として、年間の半分は途上国を中心に海外を飛び回っている。

安田祐輔(やすだ・ゆうすけ)
1983年横浜生まれ。
キズキグループ(株式会社キズキ/NPO法人キズキ)代表。
複雑な生い立ちを乗り越え、偏差値30から国際基督教大学(ICU)教養学部国際関係学科入学。
大手商社へ入社するもうつ・ひきこもりとなり、2011年にもう一度勉強したい人のための個別指導塾「キズキ共育塾」開塾(2018年現在全国に5校を展開)、多岐にわたり若者を取り巻く社会問題を解決する活動を行う。
『暗闇でも走る 発達障害・うつ・ひきこもりだった僕が不登校・中退者の進学塾をつくった理由』(講談社)発売中。

[出典:「うちの子の人生も変わる…?」奇跡の学び直し塾、人気の秘密(安田 祐輔, 山崎 大祐)現代ビジネス(講談社 > http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56723 ]

大変な体験をして這い上がってきた人だからこそ、言葉に説得力があり力があると思います。
1日13時間勉強を2年続けるぐらいの努力をしないと、安田さんのレベルに至らないなあと思いました。

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