タイでの、洞窟に取り残されたサッカーチームの救出劇」は、感動的なものがありました。
しかし、その裏で「無国籍」問題があることをご存知ですか?
自分が売買される危険も…無国籍の子どもたちが直面する理不尽な現実
タイ「洞窟救出劇」のもう一つの側面 2018.07.21
井戸 まさえ
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p>無国籍の子どもたち
タイ北部のタムルアン洞窟に閉じ込められ、ほぼ3週間ぶりに救出された少年サッカーチーム。
世界から安堵の声と喝采を浴びる中、コーチと少年3人がタイ国籍を有しない無国籍者であることがわかり、話題となっている。無国籍者とは通常出生時に父または母の国の法律、または出生地国の法律に基づき自動的に国籍が決まるところ、諸事情によりいずれの国籍も与えられない、取得できない、もしくはなんらかの事情で国籍を失った人々を言う。
国連UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によれば、無国籍者は世界中で1000万人以上いると推定され、そのうちタイには48万人前後が存在すると言われている。「少年たちにとって最大の希望は、国籍を取得することだ。彼らはチェンライ県外に遠征するのにも苦労していた」
サッカーチームの創設者は、救出に感謝する一方で、少年たちが日常的に直面している苦境に対して言及した。
移動も制限された無国籍の子どもたちは「プロのサッカー選手になる」という夢を見ることも許されないのだ。この出来事をきっかけに、彼らにタイ国籍を付与する動きが始まったということだが、そもそも彼らはなぜ「無国籍」なのか。
「無国籍」とはどういう状況のことなのか、あらためて考えてみたい。
同時に、「自分とは無関係」と思っている日本人とて「無国籍リスク」から逃れられないこと、また、日本で「無国籍」状態を脱する困難についても指摘したい。そもそも「タイ人」とは誰か?
日本のように国境線が具体に意識できる島国とは違い、19世紀後半、ヨーロッパ諸国がアジアに進出してくるまで、そもそもタイには「国境」「領土」、また「タイ人とは誰か」という概念が存在しなかったという。
「タイ国籍法の一部改正―タイ国籍法の変遷と無国籍問題―」(大友有)によれば、現在、タイの無国籍者は主に3つの類型に分類される。第1は山岳少数民族。
第2は内戦等の理由で近隣諸国から流入した難民。
特に冷戦時代の反共・親米政策を背景にタイ国籍を剥奪された元ベトナム難民とその子孫。第3は近年、労働者として大量に流入した移民労働者とその家族。
サッカーのコーチと3人の子どもたちは、このうち第1の山岳少数民族という背景を持つ。タイはマレーシア、ミャンマー、ラオス、カンボジアと4つの国と陸路で国境を接しているが、そのうち、今回救出が行なわれた北部チェンライ県タムルアン洞窟があるエリアはかつて世界最大規模でケシの栽培が行なわれていた「ゴールデン・トライアングル」(黄金の三角地帯)と呼ばれた地域で、ラオス、ミャンマーの2ヵ国と国境が接している。
「山地民」と呼ばれる山岳少数民族は国境をまたいでも生活しているため、どちらの国に帰属するか等、複雑な判断も必要になってくる。タイでは1956年以降住民登録制度を導入、世帯ごとに住民登録票が付与されるようになった。
子の出生証明書を提出して住民登録をすれば子どもはタイ国籍を取得するが、そもそも山地民は役所から遠く離れているため国籍取得の前提条件となるこの住民登録にも行けず、結果、大量の無国籍者を発生させることになったのだ。国籍取得を阻むものは何か
こうした「役所が遠い」といった物理的理由に加えて、「登録制度が煩雑」で、「行政が非効率」であることもその原因として指摘される。
しかしなぜ、それがわかっていながら放置されているのか。
そこにはタイ社会における山地民に対する侮蔑・蔑視が存在している。こうした事態を受けて、タイ政府は1969年から山岳少数民族を対象とした「山地民登録」という新しい制度を導入したが、実はその目的は人権救済というよりは都市から新たな拠点を求め山岳地帯に分け入って来たタイ共産党と山地民と連携の阻止といったものだった。
文革によって中国下放青年たちがゲリラ化してゴールデントライアングルと呼ばれる地域で活動するといった事態が起る中での対策でもあったのだ。
山地民に対する登録制度はこうした経緯の中でいくつもの異なる種類の身分証を発行するなど混乱していくのである。1974年にはタイ政府は山岳民族に国籍を与えることを決議したものの、現在もそのうちの4分の1は無国籍だという。
その理由として上記の経過に加えて「政府の国籍認定作業の曖昧さ」や「作業自体の遅れ」、また「役人からの賄賂要求等の混乱」もあげられるが、いずれにせよ、一筋縄では行かない問題が今も横たわっている。
その先端にサッカーチームのコーチと3人の少年たちがいるのだ。無国籍者が抱える困難
さて、国籍がないことでどんな不便が起るのだろうか。
「どこの国からも国民として承認されない」ということは、パスポート等の身分証明書が発行されないことを意味する。「自分を証明するもの」を持てない。
それは、普段私たちが個人が権利として当たり前に持っていると思っている、移動の自由、居住の自由、労働の自由、婚姻の自由等が「ない」、もしくは「制限されている」ことを意味する。身分証なしでは合法的に国外への移動ができない。
それでもどうしても移動をしたいとなったらどうするだろう。多くの人は密入国斡旋業者等にアクセスする。
ただそれは「自分が売買される危険」も覚悟しなければならないという過酷なものだ。
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p>また住民登録等がなければ、どの国でも基本、銀行口座は開くのが難しいだろう。
福祉や教育等へのアクセスも制限される。筆者が長年取り組んでいる「無戸籍者」支援の際にも実感することだが、居所も含むどの国からも承認されていないということは強いアイデンティクライシスをもたらす。
「確かにここにいる」にもかかわらず「存在しない人間」と言われ続けることによって、精神的にも追いつめられ、不安定な状態で生きざるを得ないのだ。日本人にもあり得る国籍剥奪リスク
「無国籍者」には「法律上の無国籍者」と「事実上の無国籍者」という二つの概念がある。
「法律上の無国籍者」は本来出生時に自動的に決まっているはずにもかかわらず、いずれの国籍も与えられない、取得できない、もしくは国籍剥奪等何らかの事情で国籍を失った人々を言う。たとえばソ連崩壊の折に外国に滞在していた場合、新たに誕生した新国家のいずれにも帰化できないという状況がそれだ。
この場合は滞在していた国で無国籍のまま生きる選択をとらざるをえないケースが出てくる。「事実上の無国籍者」とは法的には国籍を持っているものの、国民として享受しうるはずの権利や保護を受けられないでいる人々をさす。
サッカーチームのコーチと子どもたち、また日本において1万人以上いるといわれる無戸籍者たちも広義では「事実上の無国籍者」の範疇にも入るであろう。そもそも国家が存立するためには領土とともに、国民の存在が不可欠であり、どの範囲の者をその国の国民として認めるか、国籍を与えるかは、歴史、伝統、政治・経済情勢等を背景に、それぞれの国が自ら判断する。
一方で、国籍剥奪要件もその国が決めることができる。
生まれた時はこの国の国民でも、途中でそうではなくなる、無国籍になるということはあり得るのだ。実は戦前、欧州において国籍剥奪は頻繁に行なわれていた。
1920年代にはロシアで200万人の人々の国籍が略奪され、1930年代にはドイツ、イタリア、ハンガリーにおいて人種的差別によりユダヤ人の国籍を奪う。1940年代にもチェコスロバキア、ポーランド、ユーゴスラビアではドイツ人とハンガリー人が集団で国籍を剥奪されるという事態が生じていたのだ。
こうした経過を見ると、日本人とて国籍剥奪に直面する日が来ても不思議ではない。戦前戦後の朝鮮・台湾に対する国籍要件の変更等の過程を見るとそれは現実に起こりうることでもあり、「法律的無国籍者」は一瞬で簡単に、しかも大量に生まれることが理解できるだろう。
実際、第二次世界大戦終結後の欧州はこの大量の難民・無国籍者に対してどう対処する化が最も重要な課題でもあった。戦後の混乱した状況の中で「国籍」はまず人権より安全保障上のメリットが優先されていく。
「国籍唯一の原則」をもとにひとりの人はひとつの国に帰属することを求められ、管理されて行く。その国に帰属することができない事情をもつ無国籍者は捨て置かれたが、移住労働者の増加と定住、国際結婚が増加する中で大量の無国籍者たちの問題はさらに深刻化していく。
著者は1980年代後半、オランダ・ライデン市の難民受け入れ団体でインターンをしたが、その後のベルリンの壁の崩壊と東西ドイツの統一、社会主義国の政治体制の変化も含めて、政治的状況により国を追われた難民問題に直面した社会は、さまざまな示唆をその中から得る。1997年5月、欧州評議会の閣僚委員会は「国籍に関するヨーロッハ゜条約」を採択。
2000年3月に発効したこの条約では、締約各国の国籍に関する制度が原則とする指針を以下の内容(抜粋)で掲げている。すべて人は、国籍を持つ権利を有する(国籍取得権)
無国籍の発生は防止しなければならない(無国籍の防止)
何人も、ほしいままにその国籍を奪われない(国籍の恣意的はく奪の禁止)「人権」意識の高まりの中で、無国籍問題が正面から取り組まれるようになっても、ミレニアムを迎える段階でこの宣言を出さざるを得ないほど、無国籍の問題は深刻だったといえる。
無国籍者の理不尽を伝える
タイでは無国籍の問題が取り沙汰されるのは今回が初めてではないという。
2004年には、国立大学医学部を受験した受験生がタイ国籍を持っていないことを理由に不合格となる事件が起こった。受験生の父は不明、母はタイで出生したベトナム難民2世で、一旦タイ国籍を剥奪されていたが、数年前にタイ国籍を回復していた。
学生が優秀だったことから、タイ国内では無国籍に関する世論喚起が行なわれ、学生は出生主義であるタイで生まれたことを根拠に最終的にはタイ国籍を取得、医学部に進学した。国籍は誰もがあたりまえに持っているものと思われがちである。
しかし、現実には時の政治情勢によって恣意的に「国民」の範囲は変わり得る。
また、法に基づいた登録制度があっても、アクセスに困難が伴うものであれば無国籍の問題は解決しない。コーチと少年たち全員が救出されたのは遭難から18日目。
困難を乗り越えて生き延びた彼らの存在を通して、世界中の無国籍者たちの存在とその理不尽を知らせ、改善への扉を開くことに繋がることを切に願っている。
[出典:自分が売買される危険も…無国籍の子どもたちが直面する理不尽な現実(井戸 まさえ)現代ビジネス(講談社 > http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56568 ]
マイナンバーなどで国から監視されるのが嫌だと思っていましたが、この話を聞くと国から相手にされない方がもっと怖いことなのだと知りました。
今も「無国籍」で悩んでいる人が世界中にいることを考えると、早期の解決を願うばかりです。
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