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うつ病を告白した「天才と呼ばれた棋士」

投稿日:2018年7月27日 更新日:

羽生善治さんと同い年で「天才」と呼ばれた棋士・先崎学さんが、うつ病を患って克服したお話です。

「明日、死のうと思った」天才と呼ばれた棋士が、うつ病を告白

毎日、電車に飛び込むイメージが… 2018.07.18
週刊現代 講談社

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天才棋士がある日突如、表舞台から姿を消し、世間をざわめかせた。
「何かに悩んで死ぬのではない。死にたがるというのが、うつ病の症状そのものなんです」――うつ病の真っただ中で、彼は何を見て、何が起こっていたのか。
『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』を著した先崎学九段が明かす、凄絶な「うつ抜け」体験談。

今日より明日がつらい

すこしまえから予兆はあったのですが、自分が本格的におかしくなっているな、と感じたのは、昨年7月の順位戦の初戦でのことです。
若手を相手に負けてしまったのですが、それが問題ではない。

頭がフワフワして、思考がまとまらない。
読みもせず、ふらっと指してしまう。

将棋の内容すら自分では判断できません。
でも、これはめちゃくちゃだなということだけがわかるのです。

【こう語るのは、棋士の先崎学氏(48歳)だ。
羽生世代と言われる棋士の中でも最も早い11歳で奨励会に入会、永世棋聖・米長邦雄氏に師事する。

17歳で四段に昇段し、プロデビュー。
’90年のNHK杯戦では同い年の羽生善治氏を準決勝で破り、棋戦初優勝を果たし、’14年には九段に昇段した。

そんな名実ともに重鎮の先崎氏が昨年9月1日に突然、将棋界から姿を消した。
休場の理由は「一身上の都合」とのみ発表されたが、後にうつ病のため入院していたことが判明したのだ。
今年6月に復帰し、自らのうつ病体験を嘘偽りなく綴った著書『うつ病九段』を刊行した先崎氏が、闘病の日々を赤裸々に告白する。】

うつ病になった原因は、自分ではこれだという確信があります。
2016年8月から2017年5月にかけて起こった将棋界の「ソフト不正使用疑惑事件」です。
真相を究明するために第三者委員会ができ、日本将棋連盟の理事が会員決議によって解任されるという異常事態が起きていました。

将棋連盟は一種のヒステリー状態、思考停止状態に陥り、個人攻撃が横行して、行政の指導やらスポンサーの契約金の減額などという物騒な言葉が飛び交っていたんです。
私自身、年齢的に将棋界をまとめていかなければならない立場になっており、自分がなんとかしなければ、この業界は終わると本気で思い込んでいました。

そこに、監修していた漫画『3月のライオン』の実写映画化が重なったんです。
私はこの映画で、地に堕ちた将棋界のマイナスイメージを払拭して、一発逆転させてやろうと、イベント、取材など依頼されたすべての仕事を引き受けました。

今思えば、自分がなんとかしなければ、とずっと思いつめたこの思考がよくなかった。
もちろん将棋連盟の広報課は全力でサポートしてくれました。

しかし、小さな団体のこと、それにも限界がある。
そのうちに直接、私の自宅やケータイにお世話になった方からじゃんじゃん連絡が入るようになった。
現場での細かい打ち合わせなど、大半を自分でやらなければならなくなり、事務所兼マネージャー兼タレントを一人でやるような状況に陥ってしまったのです。

忙しいことには慣れっこでしたが、それがかえって過信になったのだと思います。
それまでの自分の経験ではコントロールできない忙しさでした。
そして気がつくと数ヵ月間、2~3時間の睡眠が続いていました。

すると体におかしなことが次々と起こり始めました。
朝起きて、朝食をいつものように食べてもまったく疲れがとれない。

そして一日中、頭が重い。
人間落ち込んで暗くなったり、あるいは仕事が億劫になったりするのはよくあること。
しかし、これまでとは明らかに様子が違うのです。

日に日に症状がひどくなっていく。
今日より明日がつらい、明日より明後日がつらいという状態でした。

ついには、横になって何もできない日が続き、ほぼ常に胸が苦しくなるという症状が出てきました。
横になっていると胸がせりあげてくるような感覚が襲ってきて、浅い呼吸しかできないのです。

ホームに立つのが怖い

7月中旬の対局へ向かう時のことです。
そこで私は電車に乗るのが無性に怖くなりました。
正確に言うと、ホームに立つのが怖かったのです。

なにせ毎日何十回も電車に飛び込むイメージが頭の中を駆け巡っていましたから。
飛び込むというより、自然に吸い込まれるという表現のほうが正しいです。

電車に飛び込む場合、仕事や家族、借金の問題など、理由があって飛び込むと考えている人が多い。
確かに中にはそういう人もいるでしょう。
しかし、うつ病の場合は違うのです。

何かに悩んで死ぬのではない。
死にたがるというのが、うつ病の症状そのものなんです。

理屈はありません。
これがうつ病の理解されづらいところです。

そもそも、うつ病の人は最もひどい時には、悩むということができないのです。
悩むのにもエネルギーがいる。

そのエネルギーすらありませんから、悩むという感覚とは一番無縁なのです。
思考回路が極度に鈍くなっているのです。

そこで、私は改札の横の人目につかないところでぼーっとしながら体育座りをしていました。
すると妙案が浮かんできました。

電車が出発する時刻の寸前にホームに出れば、飛び込みようがない。
そうして無事、私は対局へ向かうことができました。
とはいえ、対局では、盤の前に座っているのがやっとでした。

詰め将棋が解けずに泣いた

そんな状況だったにもかかわらず、私は頑なに入院を拒否していました。
理由はただ一つで、8月の順位戦の対局を不戦敗にしたくなかったから。

私は、30年前に棋士になって、1000局以上指してきましたが、不戦敗は一局もなく、そのことは誇りでした。
その記録を途絶えさせることは容易にはできなかった。
この時は病気に対する知識もありませんでしたから、その日は負けるにしても、次の対局までに回復すれば、乗り切ることができると思っていたんです。

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しかし、あまりにもつらすぎて治療以外の道がないという状況まで追い込まれていきました。
こうして昨年7月26日、私は慶應義塾大学病院精神・神経科へと入院することになったのです。

病院にはテレビも新聞もありましたが、内容が理解できない。
活字は一番ひどい時は新聞の一面の見出ししか読めませんでした。

先ほども言ったように、うつ病になると頭の中がめちゃくちゃになります。
夜は2時間おきに目が覚めるのですが、夜中の3時以降は睡眠薬をもらうことができない。
そのまま起床時間の6時までじっとしているしかない、そんな毎日でした。

そんな状況を救ってくれたのは家族でした。
精神科医である兄からは毎日「必ず治る」という短いメッセージがLINEで届きました。

兄のプロとしての配慮だと思うのですが、うつ病の人間の特徴として、どんなことでも悪く捉える傾向があります。
どんな発言にも粗を探して、勝手に不安になっていくのです。
兄はそれがわかっているから、余計なことを排除した短いメッセージを連日送ってくれたのです。

また苦しい時は、このまま自分は一生こうではないかという気持ちになります。
だから、「それはそうじゃない、必ず治るから」と教えてくれたのです。
私はこのメッセージを何時間もじっと見つめて、自分は独りではないんだぞ、と心に言い聞かせました。

入院から2週間が経ち、わずかではありますが、元気になってくると、人恋しくなってきました。
そして、だんだんとみんなが見舞いに来ないのは、自分に人望がないからだと、悪いふうに捉えるようになりました。

その時、仲間に、私が見舞いに来てほしがっている旨を連絡してくれたのは妻でした。
すると中村太地くんや田中悠一くん、佐藤康光くん、森内俊之くんなど大勢の人が見舞いに来てくれました。

うつ病と聞くと多くの人は見舞いに行くか悩むかもしれません。
でも患者の実感としては、会いたい人が来てくれることは本当に嬉しかった。

ただ声が大きい人にはちょっと疲れました。
うつ病の悪い時は、元気な空気に対してすごく疲れるのです。

よく、うつ病患者を励ましてはいけないと言われますが、「病気になったのはお前が頑張れなかったからだ」とか、「そんなに落ち込んでいないで、もっと頑張らなきゃ駄目じゃないか」という言い方がよくないだけで、「先崎さんなら大丈夫ですよ。病気に負けないで、頑張ってください」という文脈で言われたら、むしろ嬉しいのです。

うつ病患者は自信を喪失しています。
そこであなたには存在価値がある、待っている人がいると言われると、自信を取り戻すことができます。
仕事や家庭など、あなたの居場所が残っているということを伝えることはとても大切なのです。

病院は1ヵ月で退院し、あとはうちから通院する生活を送っていました。
でもそれからがまた大変だった。
うつ病は本当に少しずつしかよくならないんです。

以前なら息をするように解くことができた7手詰の詰め将棋の問題集が解けずに泣いてしまったりもしました。
そんな時も家族や仲間たちが支えてくれました。

運が悪かっただけ

いまでは概ね回復しています。
ただ問題なのは、将棋の感性がなかなか完全には戻って来ないことです。
感性というと曖昧なもので説明するのは難しいのですが、美しい手を見た時に美しいと「感じる」能力と言えるかもしれません。

うつ病は完全に脳の病気です。
過度の、今までの自分では捌けないようなストレスが原因で、脳の配線がおかしくなって、症状が出るのです。
将棋指しは脳を使う典型的な仕事ですから、これからの自分は大変だと思います。

入院中はとてもじゃないが将棋には触れられなかった。
ニュースさえ見ていませんでした。
だから退院後、ずいぶん経って、初めて藤井聡太さんの活躍で将棋ブームが巻き起こっていることを知りました。

その時に感じたのは、自分がいなくても、世界は回っていくということです。
将棋界を独りで背負おうとする必要はなかったのです。
これからはまた一棋士として頑張っていくつもりです。

最後に、うつ病になってしまった人に私から言いたいのは、運が悪かったと思って、半年から1年で必ず治るからその間、ちょっとつらいけど、だらだらと頑張って時間を稼いでくださいということです。
あれこれ考えないで、運が悪かったと思うこと。

自分もそうですが、何かが悪かったとか、自分の人生が間違っていたとか、そういうことではない。
不幸の当たりクジを引いてしまっただけ、他の病気と変わらないのです。

ただ、うつっぽいとか軽いうつではなく、一線を超えて「病気」になってしまっただけです。
うつ病は半年くらい経つと、人間の自然免疫で治っていくのだそうです。
だからうつ病に悩んでいる人には死なないようにしましょうと言いたいですね。

死なないでください。
うつ病は本当につらい病気ですが、自ら死なない限りは、死ぬことはありません。
必ず治りますから。

[出典:「明日、死のうと思った」天才と呼ばれた棋士が、うつ病を告白(週刊現代)現代ビジネス(講談社 > http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56557 ]

確かに、死ななければいつかは治るかなと思います。
私自身、長くうつ状態が続いていますが、今年一年は頑張ろうと思って未だに生きていますから。
あせらず生きていこうと思っています。

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