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性暴力の後遺症に悩む30代女性を救ったものとは?

投稿日:

30代女性は性暴力の後遺症に悩んでいましたが、歌を歌う事で救われたという話を紹介します。

性暴力「後遺症」に悩む30代女性を救った告白

「家族との対話」が次の一歩につながった
小川 たまか : ライター 2018/07/11 6:00

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性暴力の被害者を、被害から生き抜いた人という意味を込めて「サバイバー」と呼ぶことがある。
被害を受けた過去はあっても、それだけがサバイバーの人生ではない。

今、彼女ら彼らはどんなふうに生きているのか。
それぞれの今を追う。

ライブは表現が許される場所

東京の下町で行われたライブパフォーマンス。
ある自作の曲を歌った後で、彼女は客席に向かって、少し笑いながらこう語りかけた。

「私が小さい頃に経験した強制わいせつの被害。そのトラウマのために、大人になってからたくさんおカネを払った。保険が適用されない診療でした。そんな思いを込めた曲です」

谷口彩さん(仮名)。
30代前半の彼女は今、清掃のアルバイトをしながら、歌手としてライブ活動を続けている。

音楽を楽しいと思い始めたのは小学校5年生の頃。
家にあったギターで遊んだ。

楽譜の読み方を教えてもらった以外は独学だ。
兄弟の中でギターにいちばん興味を持ったのは自分だった。

歌も好きだった。
覚えているのは、音楽の授業の発表会。

順番に前で歌ったが、緊張でほとんど声が出なかった。
悔しくて家で練習し、次の発表会のときには堂々と歌うことができた。
そのときの気持ちが今も胸に焼き付いている。

高校時代は軽音楽部に入り、作詞作曲もするようになる。
洋楽が好きで、最初に書いた曲も英語の歌詞。
ある黒人の女性アーティストをバイブルのように繰り返し聴いた。

「黒人の文化、差別されてきた背景。そういうものを背負いながら世の中にメッセージを発信しているアーティストにあこがれる。好きな曲の歌詞の中で『周りの人はキャリアや立場を頭で考えなさいっていうけれど、私は心で考えて生きていく』、みたいなことを歌う彼女のことが好き」

大学入学後も音楽を続けた。
弾き語りのライブ。チケットは手売り。
路上で歌うこともあった。

「ライブは表現が許される場所です。私は普段の会話だと聞き役に回ってしまうタイプで、自分のことを話すことができない。でもライブだと、会話にしないようなことを表現できる。ライブって不思議で、初対面の人にでも思いっきり深いものを伝えられるんです」

大学では友人たちから、よく「彩は何でも自分でやって、すごくしっかりしてるよね」と言われた。
教科書も自分でアルバイトをして買った。
昔気質の両親のしつけは厳しく、几帳面な姿が「しっかりしてる」ように見えたのかもしれない。

大学で心理学を専攻したのは、高校のときの友人の自殺未遂が背景にある。
小学校からの同級生だった女の子。
家族から虐待を受けていた彼女は、以前から「死にたい」と言っていた。

その気持ちを理解できた。
「死んじゃダメ」とは、言えなかった。

「自殺未遂をして、その子は車椅子の生活になりました。進学校を受験するぐらい頭が良かったのに、家庭環境が悪くて人生を変えられてしまった。自分たちはなんで生きてるのかなって、当時からすごく考えました」

居酒屋の接客中に突然よみがえった過去の記憶

意欲を持って入学した大学なのに、2年目で急に通えなくなった。
きっかけは居酒屋でのアルバイト。
「生しぼりグレープフルーツサワー」を客席に運んだとき、酔っぱらった男性客がふざけて言った。

「ねえ、おっぱいも絞ってよ」
突然、過去の記憶を鮮明に思い出した。

まだ3歳か4歳の自分が、お兄ちゃんの後ろを歩いている。
家族でおばあちゃんの家に遊びに行って、お兄ちゃんと2人で近所の公園へ行ったときのことだ。

壁にボールを投げて遊んでいるお兄ちゃん。
眺めていたらおじさんが近づいてくる。
急に抱えあげられた。

どこに連れて行かれたのかはわからない。
そして、露出した下半身を強く何度も体になすりつけられた。
子どもの自分にとって、大人の男性は巨人のようだった。

その記憶がよみがえってから、教室に入れなくなった。
電車にも乗れない。
食事が喉を通らず、体重はひどく落ちた。

どうにもならず、訪れたのがカウンセラーの元。
通っていた大学にはカウンセリングルームがあり、臨床心理士が見てくれた。

「カウンセラーの女性はすごくいい人で、自分の中に初めて母親像ができた気がします。どんなことにも耳を傾けて聞いてくれて、じっと一緒にいてくれて、まっすぐ自分を見てくれる。そういう母親像を、自分の中に作ることができた」

彩さんの語る過去には、家族が多く登場する。
けれどその多くは、つらい思い出だ。
母に対しても、ずっと心を開くことができなかった。

風邪を引いても「大丈夫?」とは言ってもらえず、「体力がないからよ」と言われる。
生理痛がひどくても「神経質すぎる」と突き放される。

中学生にもなると体の不調を相談しなくなり、黙って家の薬を飲んだり、一人で医者に行くようになった。
大学に通えなくなったことも家族には言えなかった。

「男兄弟が何人かいて末っ子の女の子だから大事にされたでしょってよく言われるんですけど、全然違うんです。母親はそんな感じだったし、2番目の兄からはよく殴られていました」

嫌なことがあっても、その気持ちを受け止めてもらえない。
ただ、自分の考える解決策をぶつけてくるだけ。
母も家族もそんな存在だった。

でも、カウンセラーの女性の働きかけで、そんな母が少し変わった。
カウンセラーに間に入ってもらい、3人での面談を何回か繰り返したあとのこと。

「大学を休学したいってやっと言えたとき、父が最初は反対したんです。でも、母が『彩が初めて甘えてるんだから、甘えさせてあげたら。子ども時代のやり直しをさせてあげたら』って。初めてそういうことを言ってもらえた」

ちゃんと寝て食べて、英気を養ってからまたこれからのことを考えようと思った。
休学の1年間は、ほとんど寝たきりで記憶がない。
1年後に復学。またここからが試練だった。

中学に上がるまで「次兄の暴力」を恐れていた

大学に復帰してすぐ、授業で調査研究をすることになった。テーマはデートDV。「大声で怒鳴られる」「ものをぶつけられる」「つねに相手の様子をうかがっている」など調査項目を見ているうちに思った。こういうことをされた人をよく知っている。
それは、子どもの頃の自分だ――。小学生の頃、長兄はひとり部屋で、彩さんと次兄は同じ部屋を使っていた。体格のいい次兄が、小柄な彩さんにプロレス技をかける。嫌がってもやめてもらえない。兄がいつ暴力を仕掛けてくるかわからず、いつも機嫌をうかがっていた。夜、2段ベッドで寝ていると、いきなりお腹を殴られることも頻繁だった。兄の寝息が聞こえてくるまで眠ることができなかったため、寝るときにどのぐらい呼吸をしていいかもわからない。
あるとき、プロレス技の延長で、電気アンマ(両足を持ち、足で相手の股間を揺らし続ける行為)をされたこともある。小学校の廊下で、同級生の見ている前でいきなり後ろから浣腸をされたこともあった。体が爆発するような衝撃と、消えてしまいたいほどの恥ずかしさ。当時のことを思い出させる長い廊下は今でも苦手だ。
普段から彩さんを軽んじていた次兄。当時小学生だった次兄が、それを性的なことと自覚していたかはわからない。見ていたバラエティー番組の影響もあり「ふざけただけ」かもしれない。けれど彩さんにとっては、紛れもなく性暴力だった。
中学に上がる前に引っ越しをして兄と別の部屋になると、暴力はぴたりとやんだ。

20代後半の頃にも、抜け落ちていた子どもの頃の記憶が急によみがえったことがある。
コールセンターでのアルバイト中、トラブルがクレームを引き起こし、ストレスが重なったときに「電話の声」が聞こえてきた。

一人で留守番をしていると、電話がかかってきた。
出ると、医師と名乗る男性が、「子どもたちの体の成長を検査するために電話している」と言う。

「胸を触ってみて。その次は下のほう」
何もわからず、言われるままにした。最後に「気持ちよくなってきた?」と言って電話を切った、男の声。
その口調も、生々しく思い出した。

「母が帰ってきて、今こういうことがあったって言いました。そうしたら母がすーっと青ざめて。それでやばいことを言ってしまったって気づいた」

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母は学校に電話をした後、彩さんを怒鳴りつけた。

「『あんたは人がいいからいけないのよ』って。私は母のその言葉のほうがショックで。子どもが理解するのは難しい言葉だと思います。いい人だといけないなら、どうしたらいいの??誰も信じちゃいけないのかなって」

その後、彩さんが出た「医師と名乗る男性からの電話」の注意喚起のお知らせが学校で配られた。
彼女は「これが自分だとばれないようにしなきゃ」と思い、それ以降は友人たちと遊べなくなった。

彼女が「記憶を封じ込めていた」理由

なぜ抜け落ちている記憶が多いのか。
彩さんは「抑圧されていた」と言う。

「電話のことを、母は忘れてほしいと思ったんでしょうね。私もその記憶は抑圧されて、ただ急に友達と遊びたくなくなったことだけを覚えていた」

3歳か4歳の頃の「おじさん」から受けた性暴力については、実は小学生の頃までは覚えていた記憶がある。

「小学校低学年の頃に、仲の良かった子に話したことがあるんです。そうしたらその子が『それ、やばくない?』って。人に言っちゃいけないことなんだって思って、それから記憶がなくなった」

抑圧されていた記憶は、ふとしたことでよみがえる。
「たとえば男の人と仲良くなったとして、酔っぱらってふざけた感じで胸を触られたりすると、それが引き金になっちゃう」

ふとしたことでよみがえってくる昔の記憶。
痛みを伴う記憶だが、今の彩さんは思い出して良かったと思っている。
なぜなら、理由がわかったからだ。

「大きな壁に引き出しがたくさんついていて、それが全部崩れ落ちてくるような感じ。夜寝ようとすると、そういう大きくて暗い巨大な山が崩れてくるような感覚がありました。それが私の10代」

あの頃、なぜあんなに苦しかったのか。
夜中にパニックになったのか。
過去を思い出したことで原因がわかった。

複数の性被害。母親の対応、次兄からの暴力。
自分の傷つきを傷つきと理解できるまでに、たくさんの時間がかかった。

カウンセリングに通った後に訪れた精神科では、医師から「それは本当の記憶なの?」と聞かれショックを受けたこともあった。
それでも自助グループやインナーチャイルドワークに通い、自分のケアを続けてきた。
繰り返し読んだのは、性暴力のトラウマケアを専門とする森田ゆりさんの本。
森田さんの『癒しのエンパワメント 性虐待からの回復ガイド』(築地書館/2002年)には、こんな文章がある。

大人の否認に出会い、子どもは語ることができなくなります。(略)表現を許されなかった感情は人の心のなかの異物として、その後長く、自己認識に、人間関係に大きな影響を与えるのです。
沈黙をやぶることは、心の傷を癒すための跳躍台です。(略)しかしそれは高いリスクを伴う行為です。語る相手を選ばなければなりません。あなたが一緒にいて安心できる人、信頼を置いている人でなければなりません。(略)
いつ、どこで、誰に向かって沈黙をやぶるのかはすべてあなたが決めることで、沈黙を維持するという選択を含めて、あなたの選択に誰もプレッシャーをかけたり、批判したりする権利はありません。
『癒しのエンパワメント?性虐待からの回復ガイド』(森田ゆり)より引用

悩みを抱えていたのは彩さんだけじゃなかった

今は実家を離れ、関東圏の自然の多い町で暮らしている。
都心から帰ってきて電車を降りると木々の匂いがする。

性被害を家族に打ち明けたとき、知ったことがある。
彩さんの長兄は、中学生の頃にいじめを受けていたことを教えてくれた。

口数は少なかったが、当時はささいなことで弟妹を怒鳴ることがあった長兄。
そのピリピリした姿を見て、次兄も荒れていたのかもしれない。

母は、自分も幼かった頃に親戚から性暴力を受けたことがあると言った。
「こんなことを言ったのは、あんたが初めて」と。

うつ病で入院していた祖母は、母に向かって「あんたなんか生まなきゃよかった」と言ったという。
母もまた、沈黙を強いられてきた子どもだった。

家族それぞれが感情を抑圧し、彩さんにもそれを強いてきた。
いちばん小さかった彩さんが感情のはけ口にされることもあった。今はそれがわかる。

「自分のことを大事にできるのは自分だけ。親のせいにしていても親は先に死ぬわけだし。強くならなければいけないというのもあるけれど、自分の弱さとか嫌なところとか、そういうのを自分なりに受け止めていけるようにならなきゃって考えるようになった」

でも――。
「なんでこんなに強くならないといけないんだろうっていう気持ちもある」

「歌うこと」が彼女の救いになった

華奢な体に大きなギターを持って、彩さんは歌う。
低く染み透る声で。暴力のない世界。
誰かの傷みを、痛みと認めてもらえる世界。そんな世界を想像しながら歌う。

取材を受けることができるようになったのは、「自分の中で父性と母性が育っているからだと思う」と彩さんは言う。
怖がっている自分を「怖いね」となだめ、ケアしてあげる「母性」。
ライブ活動など外との接点を持ったり、自分のイヤなことはイヤだと自信を持って言えたりする「父性」。

ここにたどり着くまで、呆れるほど長かった。
今の状態で、もう一度生まれ直したいと思うこともある。

「心がもやもやするとき、曲を作ります。私の場合はいつも難産。でもそうやって前に進めただけ良かったと思う。それに歌は体が楽器だから、健康には気を遣うし。そういう面でも音楽をやっていて良かったかな」

ステージに立つ彩さんの両足はしっかり地についている。
歌うことをこれからも続けていく。

[出典:性暴力「後遺症」に悩む30代女性を救った告白(東洋経済オンライン > https://toyokeizai.net/articles/-/228266 ]

絶対に性暴力はいけません。
魂の殺人とも呼ばれます。
世界から早くなくなることを祈ります。

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