「高校野球史に残るハンパねえ監督列伝」やりすぎ都市伝説SP 2017夏
2017年6月30日放送、「やりすぎ都市伝説SP 2017夏」より
トータルテンボス・藤田憲右プレゼンツ
「高校野球史に残るハンパねえ監督列伝」
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「高校野球は、7割監督で決まる」と言われています
今でこそ、指導方法やトレーニングは確立されていますが、戦後間もない頃の高校野球には、鉄拳制裁もありの「とんでもない」監督がいました。
まずは、阪口慶三監督。
全国大会には春夏通算で30回出場しています。
今は岐阜の大垣日大の監督をしています。
当時は、愛知県の強豪で有名な東邦高校の監督を30年近く務めました。
阪口慶三という名前から「鬼の阪口」あるいは「阪口鬼三」と呼ばれるぐらい「鬼監督」でした。
特徴としては、全国大会の決勝に行っても優勝には届かない側面がありました。
1988年の春のセンバツ大会。
阪口監督は2回目の決勝に出ました。
そのとき、6対0で愛媛県代表の宇和島東高校に負けてしまうのです。
負けたので「なんだクソ、また優勝できなかった」と、もちろん選手を叱責。
しばらく経ってから、敗因を探すために試合のビデオを見ました。
すると、相手の選手・監督はニコニコやっているのに、かたや自分は鬼の形相で選手を怒っている…。
「こんなんじゃ、選手は委縮してしまって勝てない」
その日から、てのひらに「笑」という字を書きました。
選手が守備につくと、一人ベンチ裏に行って鏡を見ながら笑顔の練習をしました。
すると次の年、1989年の春のセンバツ大会。
やはり決勝に行き、あっさりと優勝してしまいました。
対戦相手は、当時大阪で最強だった元巨人の元木選手のいた上宮高校。
その上宮高校を延長の末に破ったのです。
その勝因は「笑顔」でした。
全国的に「鬼の阪口が笑っている」と広まり、他の監督たちにも伝染していきました。
”今の時代は、厳しい練習だけじゃないんじゃないか。笑顔も必要なんじゃないか”
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そこから25年経ち、2014年石川県大会の「星稜」対「小松大谷」
アメリカの新聞にも載ったぐらい大逆転で甲子園を決めた試合でした。
8回まで0点に抑えられ、0対8だった星稜高校が9回の裏に9点を取って、逆転サヨナラ勝ちをしたのです。
9回裏の攻撃の前に、監督が一言言いました。
監督「おい、お前たち、お前たちの代の部訓は何だ?」
主将「我々の代の部訓は、必ず笑うと書いて必笑です」
監督「それがどうだ、負けが濃厚で泣いている奴もいるし沈んでる。負けてもしょうがないけど、部訓を最後まで貫いて、胸を張って笑っていこうぜ」
全員「わかりました!」
そして先頭バッターは、8点差がついているのに、笑いながらバッターボックスに入りました。
それを見た相手のピッチャーは、たまったもんじゃありません。
「8点負けてるのに、なにコイツ笑ってんの!?怖い…」(ピッチャー)
そして先頭バッターは、ファーボールで出塁しました。
「まだ一人だ。大丈夫だ…」(ピッチャー)
しかし、次のバッターもまた笑っています。
「気持ち悪い…」(ピッチャー)
打った打球は3塁打となって1点が入りました。
ベンチも笑っています。
そして再び、笑いながら打席に入るバッターが…。
そんなこんなで、あれよあれよという感じで、9点差を一気にひっくり返したのです。
そして甲子園出場を決めたのでした。
もしかしたら今の選手に必要なのは、厳しい練習も必要なのかも知れませんが、「笑顔」なのかも知れません。
信じるか信じないかは、あなた次第です!
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