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スノーボード女子パラレル大回転・竹内智香は「人として」金を目指す

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今回の平昌オリンピックは、朝鮮半島の情勢のせいで開催前にはいろいろな不安要素がありましたが、始まってみれば感動の連続。
羽生選手のオリンピック2連覇に続き、絶対王者・小平選手の悲願の金、そして昨日の女子団体パシュートは五輪新で金メダル獲得。
それぞれドラマがあるだけに、日本中が感動しました。

いよいよオリンピックも終盤にきて、5大会連続の五輪出場となるスノーボード女子パラレル大回転の竹内智香選手が登場します。
以下に、竹内選手の「人として」の強さを表している記事を紹介します。
竹内智香は「人として」金を目指す。自分でボードを作り、感覚で滑る。

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竹内智香は「人として」金を目指す。自分でボードを作り、感覚で滑る。

posted2018/02/21 17:00

羽生結弦が表彰台の頂点に立つまで、日本勢は平昌五輪で金メダルとは無縁だった。

「あらためて、金メダルを獲ることって、本当に大変なんだと感じた」

韓国入りを直前に控えた竹内智香。
心の中のつぶやきが思わず口から飛び出した。

スノーボード女子パラレル大回転の日本代表。
今大会で実に5大会連続の五輪出場となる。
日本人の女子スノーボード界の第一人者として知られ、さらに前回のソチ五輪で銀メダルを獲得すると、一気に注目度は上昇した。

今大会前にもテレビ各局から取材を受け、新聞各社もその動向を追った。
五輪が迫るにつれてピリピリムードが高まる選手もいる中、竹内はいつもと変わらず明るく、まっすぐな対応を繰り返した。

「メディアの人たちを敬遠しても、本番で滑った後のゴールエリア付近には山のように記者やファンの人たちがいる。
私にはそこにある不変なものを省こうとする考えはない。
受け入れた方がいい。

やっぱりたくさんの方に応援してもらえるから、オリンピックの価値がある。
その価値や意義を伝えてくれているのはメディアであり、それを子供の頃から目にした選手たちが大舞台を目指したいと思う。
さんざん夢をたくさんもらっておいて、都合のいいときだけ露出して、でも嫌がる時は嫌がって。
私はそれはできないですね

こんなところにも、真っ直ぐな考え方が垣間見える。
本人の言葉通り、カメラやレコーダーを向けられればしっかりと受け答えし、五輪への思いを包み隠さず話してきた。

2018年、新年早々にはあの葉加瀬太郎氏のオープニング曲で有名なドキュメント番組にも出演。
2月の本番に向けて、彼女の周囲も徐々に盛り上がってきていた。

断食でつきとめた食物アレルギー。

ドラマやハプニングに事欠かない、この4年間だった。

ソチ五輪後に欧州を転戦している最中、突然食物アレルギーになり競技どころではなくなった。
初めは理由がわからず、ひどい時は陽に当たるだけでも皮膚が腫れ上がった。

そのまま原因が特定できず、半年ほどが過ぎた。
外出する際は帽子にサングラスに日傘。
薬も選手生活のことを考え無闇に飲めない中、断食をしたことで症状が止まり、食べ物が主因であることを突き止めた。
その後、アメリカの先進的な方法で血液検査をしたところ、卵と乳製品と小麦のレルギーであることがわかった。

「それ以降は食材にものすごく気を使うようになった。海外生活が長い中でも、スーパーに行ってはその食べ物の成分表をじっくり見て選んで。体づくりの根幹から見直しました」

ケガの期間は「すごくハッピーだった」。

2016年3月には、レース中の転倒で左膝前十字靭帯を断裂。
約20年の選手人生で、最も大きなケガだった。

誰もが心配と不安の視線を送る中、当時を振り返る竹内が面白い。

「一番はじめに頭をよぎったのが、競技のことではなかったんです。
私、シーズンが終わったら少し休みを取って、アメリカに語学留学に行く予定にしていたんですよ。
でも、それがケガをしたことで取りやめにするしかなかった。
ものすごく残念でした!

よく、『ケガのリハビリはきつかった?』とか『精神的にきついよね』とか言われました。
でも思い出すのは楽しいことばかり。

それまで競技の連続で、特にソチ五輪で銀メダルを取って以降は休みがなかった。
だから自分ひとりの時間すら持てなかった。

でもリハビリ中は一日中好きな映画を見たり、本を読んだり。
なんか、人としての楽しみを取り戻せたことがすごくハッピーだったんです

選手人生をも左右するケガにしても、この受け止め方である。
当然、そこには人には見せないつらい思いや不安もあるだろう。

ただ、彼女はそうしたネガティブな感情で自分の中をいっぱいにはしない。
それを才能というのか、強さと表現するのかはさまざまだが、前を向く姿勢は並大抵ではない。

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スイスナショナルチームでの修行。

竹内の平昌五輪までの軌跡を描く上で、こうしたエピソードは避けて通れない逸話である。
ただ一方で、本人は「あまりにも皆さんに取り上げていただいているけど、そんな話ばかりではないですよ」と語る。

スノーボード選手としての彼女を語る上で、欠かせないキーワードがある。
それは、先述したケガのリハビリ時の話の際にも自ら明かした、「人として」という言葉である。

2007年からの5年間、竹内は拠点をスイスに移し、スイスナショナルチームとともに練習をする日々を送った。

もちろん簡単に受け入れられたわけはなく、まだまだスキー競技では強豪国と言えない日本の選手にとって、初めは世界トップレベルの代表の扉は重かった。
それでも持ち前の真っ直ぐさと粘り強さで、最後は代表メンバーの誰もが認める選手として受け入れられた。

ボードを自分で作り、世界的なブランドに。

そのスイス時代に、彼女は新たな世界にも開眼した。
それは、板作り

アスリートが自らボードを作り、競技に臨むという稀有な作業に挑んだ。
元スイス代表のショッホ兄弟とともにボードブランドを立ち上げ、今では世界の一流選手たちが、竹内のブランドの板を付けて勝負している。

「最初は本当に掘っ立て小屋みたいなところで、自分たちで材料を切るようなところからスタートしたんです。
今となってはしっかりブランドとして成立し、工場や職人さんが協力して製作していますが、自分で板を作ることでマテリアル(道具)への有り難みを確認できるし、メーカーとして振る舞うことで選手をサポートする側の立場の感情も共有できる。
選手として以前に、人として大切なことを学べています

スイスの選手たちは、競技生活の傍ら、異なる仕事を持つ人たちも多かった。
女性選手であれば、例えばベビーシッターをしながら空いた時間でトレーニングを積み、それでもレースでは上位に進出する人も。

「アスリートとしてストイックになることも大切です。
でも、私は全ての時間を競技にかけないと勝てないというのは、言い訳なんだなとその時に気づいた。

こんなにメリハリを付けても、しっかり結果を出している選手もいる。
人として生きるという部分こそが、選手としての深みも生む。
すごく大事なことを理解できました」

この時期に学んだことが、今も選手・竹内智香の礎になっている。
今回平昌五輪を迎えるにあたっても、「スイス時代の経験が本当に自分の支えになっている」と明かした。

「自分にはスノーボードのセンスがある」

競技者としては、まさに感覚派である。

「自分にはスノーボードのセンスがあると思う。これは勘違いとかではなくて、逆にそれがなかったらきっと私は選手にはなれていなかった」

しかしその感覚が、今シーズンに入って鈍っていた。

昨年12月、年が明けて1月と続いた公式戦は二桁順位、もしくは予選敗退を繰り返した。
端から見ても理由は存在した。
昨年夏のニュージーランド合宿で首を痛め、その後のアメリカ合宿でも膝が腫れ、さらにはコースを滑る最中に指を脱臼してしまった。

負の要素も、すべて乗り越えて前を向く。

感覚派の竹内が、ソチ五輪後に「選手人生の中で、初めて真剣に取り組んでいる」というフィジカルトレーニング。
滑りのセンスに加えて、アスリートとして文句なしの肉体を作り上げ、平昌に挑む。

そんな目論見の中で昨年もハードなメニューをこなしていたが、ウェイトトレーニング時に指を脱臼した影響で重りをつかむ感触が崩れ、体の左右対称に負荷がかかりづらくなったという。
そして、年末には酷く腰を痛めることにつながってしまった。

長い競技人生でも、ここまで負の要素が重なることはなかった。
「それを言い訳にすることだけは絶対にしたくない」と言いながら、竹内はこう続ける。

「もちろん、予想しないこと、望んでいないことがどんどん起きてしまった。
でも、私はやっぱりこんな性格だから、前を向くんですよね。
平昌で金メダルという、欲しいものを最後に手に入れるための、最後の山場、最後の試練を与えられたのかなと思っています」

「不安要素なんて一切持たないでくださいね」

迫る大一番。
直前まで、地元北海道で調整を進めた。
この短期間でも、「人として」という生き方を大事にする彼女らしい、パワーの付け方をしていた。

本当に周りの人たちの思いを感じる。
金メダルを取ってほしい、取らせたいという。
そういう思いがすべて私のサポートになり、機運にもつながる気がする。
私だけじゃないんですよね、金メダルを取りたいのは。
私に関わるすべての人たちが、同じ思いを真剣に持ってくれている。

ここに来て、ようやく自分の滑りの感覚を取り戻しました。
昔の道具も引っ張り出しては、良い時の感触を探ってみたり。
練習でもある程度のタイムが出て、誰が見てもいいポジション、いいライン取り、いい走りだった。

ここ最近は、スノーボードが行く方向に私がただ乗っかっていたという感じだった。
でも、ようやく自ら進む方向を決めて滑れるようになった。
板に操られるのではなく、しっかりと操る。
私の感覚は、これなんです

何かに後ろ髪を引かれることなく、キッパリと言い切る竹内。
彼女らしい堂々とした姿勢だった。

「起きたネガティブなことを、必ずポジティブな結果に変えられると思っています。
だから観ている人たちも、不安要素なんて一切持たないでくださいね」

5度目の五輪。悲願の金メダルへ。
誰が何を言おうと、竹内の見据える頂は変わらない。

[出典:竹内智香は「人として」金を目指す。自分でボードを作り、感覚で滑る。スノーボード 平昌オリンピック(Number Web ナンバー > http://number.bunshun.jp/articles/-/829964 ]

「人として強い」竹内さん。
どんなにマイナスの要素があったとしても、ネガティブにならずに前を向く。
確かに金メダルは獲ってほしいけど、この人の生き方こそが金メダルだと思います。

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