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日本人が「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好む理由

投稿日:2018年7月11日 更新日:

日本人が「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好む理由を、脳科学者の中野信子先生が解説しています。

日本人はなぜ「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好むのか

日本人の脳に迫る⑤ 2018.07.10
中野 信子 脳科学者

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称賛された侍ジャパンの「美しい」エピソード

サッカーのW杯ロシア大会決勝トーナメントでベルギーに敗れ、史上初の8強進出をのがしてしまった日本。
結果をどう見るかは意見が分かれるところでしょうが、概ねサムライジャパンの健闘を称え、各選手がプレイ中に見せた輝きに焦点を当てた好意的な報道が多かったように思います。

また、日本チームが使用したロッカールームが選手たち自身の手で試合後きれいに清掃され、ロシア語で感謝のメッセージが残されていたこと、加えて、日本チームのサポーターがごみを残さずきれいに会場を後にするという、よく統制された行動をとったことなどにも注目が集まりました。
こうした側面に着目した記事が多くの人の心をとらえる、という現象は非常に興味深いものです。

多くのメディアもこのような書き方を好む大衆の性質を知悉していて、「美しい」エピソードをこぞって探しているようにも見えました。
特にテレビ番組のワイドショーは比較的高めの年齢層が主たる顧客でもあるためか、より一層そうした傾向が強かったようにも感じられました。

決勝トーナメントで日本チームの敗退が確定した時、グループリーグの戦いを終えて16強入りが決まった時以上の賛辞がここぞとばかりに寄せられたことは、注目すべき点のひとつです。
美しいエピソードを報じるニュースが支持を得ていることと考え合わせると、勝敗そのものよりも美しく振る舞うことのほうがずっと大事だ、と多くの人が無意識のうちに感じていたことになります。

ワールドカップ関連のニュース記事やSNSにおける反応は、海外のものも含め、総じて「“汚く”勝ち上がるよりも“美しく”負けるほうに価値がある」というコンセンサスを、人々がごく自然に持ち合わせていることを示すものでした。
無論、こうした暗黙の了解に対して異を唱えるコメントもありましたし、私自身、戦略はどうあれ勝利は勝利であり、ルールに則った勝ち上がり方であるならば基準のよくわからない「美しさ」に反するからといって批判するには当たらない、という考えをテレビ番組などでは表明していたのですが、やはりメインストリームにはこのような“美学”が厳然と存在することをあらためて強く感じさせられる出来事でした。

「“汚く”勝ち上がるよりも“美しく”負けるほうに価値がある」というメッセージは、一見すばらしいように見える一方、非常に危険なものです。
後に詳述しますが、顔の見えない人々の巨大な集合体からこうしたメッセージが暗黙裡に発せられ、それを変えることは難しい、という点がその危険性をより大きくしていると言えます。

人気を集める歴史上の人物の共通項

なりふり構わず勝ちを確実に取りに行くことは、なぜ「汚い」と言われるのでしょうか。
対照的に、勝ち負け以外の何かを大切にしようとする行為は、なぜ「美しい」と讃えられるのでしょうか。

もう少し例を挙げてみましょう。
歴史上の人物で人気があり、くり返しくり返し物語として語り継がれて行くのは、多くは悲劇的に人生を終えた人たちです。

典型的な例としては、例えば戦国時代ならば大坂夏の陣で敗れた真田幸村(信繁)、幕末なら会津の白虎隊、江戸時代ならば仇討ちを果たして切腹となった赤穂浪士たち、時代をさかのぼればそれこそ「判官贔屓」の語源ともなった源義経が想起されるでしょう。
歴史好きでよく勉強している人であれば、このカウンターパートに当たる人物にもそれぞれに人生のドラマがあり、そちらのほうに意外性があってむしろ惹かれるという場合も少なくないでしょうが、ごく一般的な傾向としてはやはりわかりやすい悲劇性を持った人物が人気を集めるようです。

人間のそういった部分に美しさを感じ、肩入れしてしまうという傾向を、私たち人間自身が備えていることの証左と言えるでしょう。
本邦に限らなければ、たとえば三国志であればやはり志半ばで病に斃れた諸葛孔明の人気が日本では高く、圧倒的な強者である曹操が好きだという人はなぜか少数派です。

中華文化圏では関羽が絶大な人気を集め、関帝廟という形で祀られたりもしています。
やはり非凡な力を持ちながら見果てぬ夢に散る、という姿が多くの人の心をとらえるのかもしれません。

脳で混同される善悪と美しさの価値

では、美しい、美しくない、は脳のどこが判定しているのでしょうか。
美を感じる脳の領域は前頭前野の一部、眼窩前頭皮質と内側前頭前皮質だと考えられています。
眼窩前頭皮質は前頭前野の底面にあり、眼窩のすぐ上に当たる部分なのでこのように名付けられています。

この部分は一般に「社会脳」と呼ばれる一群の領域のひとつで、他者への配慮や、共感性、利他行動をコントロールしているということがこれまでの研究から示されています。
内側前頭皮質はこの近傍のより内側にあり、ここはいわゆる「良心」を司っている領域ではないかと考えられています。
自分の行動が正しいか間違いか、善なのか悪なのか、それを識別する部分です。

美しい、美しくないという基準と、利他行動、良心、正邪、善悪等々は理屈の上で考えればまったく別の独立した価値なのですが、脳ではこれらが混同されやすいということが示唆されるのです(他には、女性では恐怖と性的な快楽の中枢が回路を共有しているなどの例がある)。

私たちはごく自然に、人の正しい行為を美しい振る舞いと、不正を行った人を汚いヤツと表現します。
それも、日本語に限られた現象ではありません。
やはり脳はこれらを似たものとして処理しているようなのです。

こうした利他性、良心、正邪、善悪の領域があるからこそ、私たちは社会生活を送ることができます。
これらの領域が「社会脳」と呼ばれるのはこのような理由からです。

ホモ・サピエンスを生き残らせた脳の快楽物質

これらの機能は私たち人間では突出して発達しており、それが人間をここまで繁殖、繁栄させた源泉ではないかという考え方もあります。
ホモ・ネアンデルターレンシス(ネアンデルタール人)の頭蓋骨格と比較すると、現生人類ホモ・サピエンスの前頭洞は丸く大きく、脳の容量ではネアンデルターレンシスに負けるものの、前頭前野の発達度は比較にならないほど高いのです。

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美しい、美しくないを判定する領域も社会脳の一部であるとなると、この機能も社会性を保持するために発達してきたものと考えられます。
社会性を維持することは、他の生物種と比べて肉体的には脆弱で逃げ足も遅い霊長類にとっては死活問題であり、これを制したわれわれ現生人類が繁栄を享受してきたと言ってもいいでしょう。

社会性を維持するには、各個体の持つ利他性を高め、自己の利益よりも他者または全体の利益を優先するという行動を促進させる必要があります。
ただ、ともすれば自分が生き延びるためにはなりふり構わず個人の利益や都合を優先するという生物の根本的な性質に反してまで、利他行動を積極的にとらせるために、脳はかなりアクロバティックな工夫をしているようです。

正邪、美醜、悪という基準を無理やり後付けにしてでも脳に備えつけ、正義、美、善と判定されたときに快楽物質が放出されるようにして、何とか人間を利他的に振る舞うよう仕向けているのです。
個人ではなく、種として生き延びるための工夫と言ってもいいかもしれません。

ところが、自分の利益、自分の勝利だけを優先して戦略を立てるという行動は、せっかく備え付けたこの性質に真っ向から反してしまいます。
個の都合を優先し、明文化されていないにしても全体の暗黙のルールという社会性を破壊する行為をとるとは何事か、と糾弾されてしまうのです。

これはサッカーに限った話ではなく、不倫であったり“不謹慎”な発言であったりしても同様です。
その個体の行動を、社会性の高いものに改めさせようとして、これ(社会性というルール)に従わないとは何事か、と言わんばかりに一斉に攻撃が始まります。
この攻撃には大きな快感が伴うのですが、なぜ快感なのか、その理由については、また別の回で説明していきましょう。

最後通牒ゲーム

とはいえ、自分の利益を追求するという行動を完全に止めてしまうと、今度は個体としての生存が危うくなります。
そのため、社会脳の機能にはある程度の柔軟性が付与されています。

わかりやすくいうと、「利他行動を優先しろ」と他者には攻撃しても、自分の利益は優先できてしまう、という程度のゆるさで社会脳は設定されている、ということです。
このとき、人によっては自分の利益を優先せず、利他行動を優先し続けるタイプがいます。

一般的な見方からすればこの人たちは、とても素晴らしい人たちのように見えるのではないでしょうか。
しかし、危険な側面も持っています。

最後通牒ゲーム、というよく知られた心理課題があります。
これはふたりで行われ、一方がリソースの配分権、もう一方が拒否権を持ちます。
配分権を持った側は自由な割合でリソースを配分でき、自分の取り分をどれだけ多くしてもいいのですが、もう一方に拒否権を発動されてしまうとどちらの取り分もゼロとなる、というルールです。

拒否権を発動させないよう、自分の取り分をどれだけ多くできるか、というゲームなのですが、だいたい落ち着きどころとしては、配分権を持つ側が7割以上の取り分を提示すると、拒否率が8割に跳ね上がるという傾向になるようです。
この課題で、拒否権を発動しやすいのが、実は利他行動を優先し続けるタイプの人たちです。
これは京都大学の高橋英彦先生らによる研究結果ですが、拒否権を発動しやすいのが元来攻撃的なタイプの人というわけではなく、利他行動を優先する人であったという結果は当初驚きをもって受け止められたようでした。

セロトニントランスポーター

「自分は利他行動を優先しているのに、あなたはなぜ利己的に振る舞うのか」「なぜ自分を不当に扱うのか」という心情が働いたのではないかと考えられます。
彼らが拒否権を発動するのには、「社会性というルールにあなたも従うべきだ、そうでないならペナルティを負うべきだ」という制裁的な意味合いがあるのです。

興味深いのは、そのペナルティが相手にとってのペナルティになるだけでなく、自分の利益もゼロにしてしまうという点です。
最後通牒ゲームでは、どんなに配分比が悪くとも、ゼロよりは取り分が大きいので、拒否権を発動しないほうが実は常に得になります。
合理的な選択をするのであれば、拒否権は行使しないほうが良いのです。

にもかかわらず、拒否権を発動する、ということは、コストをかけてでも、不公正な相手にペナルティを与えたい、という情動が強く働いたということにほかなりません。
拒否権を発動する人たちの脳を調べて見ると、脳のある部分に存在するセロトニントランスポーターというたんぱく質の密度が有意に低いことがわかりました(セロトニントランスポーターというのは、神経伝達物質のひとつであるセロトニンを再取り込みするたんぱく質ですが、ここでは詳述しません)。
社会性のルールに従わないものはペナルティを負うべきだ、自分を不当に扱うものは許せない、利益を失ってでも制裁を与えたい、という気持ちが強く働く根底には、セロトニントランスポーターが少ない、という生理的な性質が寄与している可能性があるのです。

不倫バッシングはなぜやまないのか

ところで、日本人はセロトニントランスポーターの少ないタイプが世界でも最も多いというデータがあります。
つまり、日本人は、自分が利益を失ってでも、不正をした(ゲームのルールには実際には則っているのですが……)相手に制裁を加えたい、という気持ちが世界一強い民族である可能性があります。
冷静で合理的な選択よりも、熱い気持ちで美しさを賛美したいのです。

もしそうなら、多くのことに説明がつくのではないでしょうか。
サッカーで戦略的な負けを選択して決勝トーナメントに勝ち進むという、ポーランド戦のようなやり方が非難を浴びるのも、そのひとつかもしれません。
また、社会性というルールを破る不倫という行為がここまでバッシングを浴びるのも、政治家の失言や、有名人の不適切な振る舞いがいつまでも攻撃され続けてしまうのもそうであるかもしれません。

私たちの中に生まれてくる感情は、時には合理的な選択を阻み、勝つことから自らを遠ざけてしまうことがあります。
ただそれは長期的に見れば、私たちを種として生き延びさせよう、という天の配剤であるとも言えるのです。

[出典:日本人はなぜ「醜くても勝つ」より「美しく負ける」を好むのか(中野 信子)現代ビジネス(講談社 > http://gendai.ismedia.jp/articles/-/56481 ]

「個」として生き延びる事よりも「種」として生き延びる事を優先するとは、神風特攻隊として美しく散っていった若者たちを思い出します。
年末になると思いだされる「忠臣蔵」を好むのもそういう事なのでしょう。
でも、それが正解なのかは甚だ疑問に思います。
それが結局、いじめにつながる気がしますから。

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