林修 初耳「スキャンダル日本史 ”ゲス不倫 まさかの相手 文豪 島崎藤村”」
2017年12月17日(日)放送「林先生が驚く初耳学!」より
教科書にも載る超有名作家の禁断の愛
スキャンダル日本史 第16弾。
今回のテーマは「教科書にも載る超有名作家の禁断の愛」
現代も、文春砲が毎週のように報じる「禁断の愛」。
「禁断」と言われれば言われるほど、二人の愛は燃えていく…
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教科書にも載るほどの超有名作家なのに、明治時代「禁断の愛」で世間を騒がせた男、それが文豪 島崎藤村。
多くの名作を残す天才小説家が溺れた「禁断の愛」とはいったい!?
スキャンダルの中心人物は色白美女。
のちに、つらく悲しい不幸な人生を歩むことになるのです。
時は明治後期の1910年
文豪 島崎藤村(当時38歳)は、妻・冬子と子どもたちと一緒に、仲睦まじく暮らしていました。
藤村は、いよいよ小説家として軌道に乗り始め、このまま人気作家の地位が約束される目前でした。
しかし、悲劇が…
四女の出産で母胎の損傷が大きく、妻・冬子は夫の成功を喜ぶことも出来ぬまま、帰らぬ人となってしまいました。
この出来事が、のちに大正の世を騒がせる大スキャンダルへと発展するのです。
運命の出会い
妻が亡くなってからというもの、藤村は家事や育児に追われる日々…
小説の執筆作業も滞り、収入も激減。
ほとほと困り果てた藤村は、実の兄・広助に助けを求めました。
広助「わかった。そういうことなら、うちの娘に手伝わせよう」
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兄・広助の計らいで紹介されたのは、藤村の姪にあたる「こま子」(当時19歳)。
今回のスキャンダルの二人は、こうして出会ったのです。
こま子はしばらくの間、島崎家に同居し、家事を手伝うことになりました。
しかし、ここからがスキャンダル!
なんとこれが、更なる悲劇の始まりだったのです。
ある夜…
あろうことか藤村は、実の兄の娘であるこま子と「一線」を越えてしまいました。
愛人関係が認められていた時代においても、さすがに親族に手を出すのはタブー。
しかも、こま子は、叔父である藤村の子どもを身ごもってしまいました。
どうけじめをつけるべきか、文豪 島崎藤村がとった行動は、フランス留学と称して単身渡仏し逃亡。
しかも、身重のこま子と、子ども全員を置いて一人で逃亡するという身勝手な行動に。
残されたこま子は、生んだ子供をすぐに養子に出し、親子離れ離れに…
3年の時が経った1916年
かつての過ちも忘れ去られたかと思っていましたが、再びスキャンダルに!
密かに帰国した藤村が会いに行ったのはなんと、こま子でした。
あろうことか、フランスで3年暮らしても、禁断の愛の火はメラメラと燃え続けていたのです。
そして二度目の過ち、まさかの元サヤに…
この二度目の過ちが、彼をさらなるとんでもない行動へと突き動かすのです。
島崎藤村がとったとんでもな行動とは!?
藤村は、自分のこの話を「新生」という作品に書いて世に発表したのです。
このことによって、こま子は日本にいられなくなり、台湾の知り合いのところに行かないといけない状況になりました。
藤村が小説にしなければ良かったのですが…
これを大いに避難したのが芥川龍之介でした。
藤村は作中で、愛するこま子のことを「愛したこともなく 愛されたこともないような娘」「心を誘惑すべき何物をも彼女はもたなかった」と表現し、”魅力ながない、まして禁断の関係に落ちるはずもない女性だった”と綴っています。
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